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紫月くんのお父さん──棗さんに連れて来られたのは、いつも目を瞑って必死に拝んでいる拝殿、その内側だった。本来なら宮司さん、ご祈祷や神事の参列者しか入れない神聖な場所である。実際私も七五三でしか入ったことがない。まぁ、全然覚えてないけどね。
拝殿の中は、実に厳かな雰囲気だった。青緑色の綺麗な畳、しめ縄に白いヒラヒラ(あとで紫月くんに聞いたら紙垂というらしい)が飾られた祭壇。正面に掲げられた木製の看板(これもあとで紫月くんに聞いたら扁額というらしい)には偉い書道家の先生に頼んだのであろう達筆な字で『紫月神社』と書いてある。そこら中に糸が張り巡らされているかのような緊張感。こんな神聖な場所にランドセルを背負った女の子がぽつんと一人でいるなんて、とんでもなく場違いなのは言うまでもないだろう。
「お待たせ」
お盆を持って現れた棗さんの後ろには、相変わらず不機嫌そうな顔の紫月くんが居た。棗さんは煎れたてのお茶を私の前に置くとにこやかな笑顔で話し出す。
「ごめんね。この部屋、それらしく見えるよう無駄に飾ってあるだけだからあんまり緊張しなくていいからね。ほんとはうちに呼ぼうかと思ったんだけど、先に紫月様に君のことを紹介したくてさ。あ、うちって言っても社務所の奥にあるんだ。社務所ってわかる? 巫女さんが居て、お守りとかおみくじとか売ってる場所なんだけど」
「はぁ」
「君うちの参拝客なんだって? 嬉しいなぁ。最近はあまり人が来ないから。あれ? そういえば君、名前は?」
棗さんのマシンガントークに圧倒されていたとはいえ、名乗り忘れていたことに気付いてはっとする。
「す、すみません! 私、宮下ゆかりです! 月森小学校の六年生です!」
「ゆかりちゃんかぁ。可愛い名前だね。うちの神社ともぴったりだ」
紫月神社とぴったりって……相性的な? 字の画数とかかな? 疑問が顔に出ていたのか、棗さんが答える。
「ほら、紫って書いてゆかりって読めるだろう? これもきっと何かの縁だ」
確かにそうだけど、残念ながら私の名前は平仮名だ。それを言おうか言わまいかと悩んでいるうちに、棗さんは話を進めた。
「で、ゆかりちゃん。もしかして君が天邪鬼に取り憑かれてた子かな? 学校で騒動があったって周から報告を受けていたんだけど」
「はい……そうです」
「そっか。それは災難だったね。大変だったでしょ?」
「はい」
「……ごめんね。うちも入国管理には気を配ってるんだけど、入り込む奴は上手く入ってくるからなぁ」
入国管理。普通は自分の国から他の国、あるいは他の国から自分の国への行き来を管理する、という意味の言葉だけど、彼らの言う国はおそらく普通と違う。
「ゆかりちゃんは昨日の事、全て覚えてるんだよね?」
「……はい」
「それなら聞きたいことがたくさんあるだろうから、少し説明させてもらうけどいいかな?」
私はこくりと頷いた。棗さんはにこりと笑って話し出す。
「昨日君が見た物は世間一般で妖怪と呼ばれているものだ。ほら、漫画やアニメによく出てくるだろ? あれは空想なんかじゃない。彼らは実在しているんだよ。本来、妖怪達は隠世……中でも逢魔の国に住んでいるんだけど、人間が住む現世に来て悪さをするようになったんだ──」
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