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「その時建てられた神社がこの紫月神社。うちの御神体はあの水晶玉でね、紫月様ご自身でもあるんだ。一応総本宮だからここに祀ってるんだけど、紫月様は今でも人間と妖怪たちを監視して、二つの世界の秩序を保ってくださっているんだよ」
棗さんは一際高い戸棚に飾ってある、薄紫色の水晶玉を見ながら言った。
「そういうわけで、うちの神社は古来から妖怪たちの入国を管理する〝送還師〟という名の職を担っているんだ。すっごく簡単に言えば、現世、つまり僕たちの住む人間界に勝手に入って悪さをする妖怪を、元の世界に還す仕事なの。もちろん、許可があればこっちに入ることも住むことも出来るんだよ? 山には天狗、川には河童なんていう、現世に長く住んでる妖怪もいるわけだし。そうそう、最近じゃ留学や観光目的で来る妖怪もいるんだ。時代は変わったよねぇ。どう? 少しは僕らのこと分かったかな?」
私は空っぽの頭をフル回転させながら答える。
「えっと、つまり棗さんと紫月くんは送還師で、こっちの世界に入って私たちに悪さをする妖怪を元の世界に戻す仕事をしてる……と?」
「うん、はなまる大正解。飲み込みが早いねゆかりちゃん!」
そんな良い笑顔で言われても、さっぱり分からない。分からないというか、にわかには信じられない話だ。……でも、実際私は天邪鬼っていう妖怪に取り憑かれてたわけで。実際紫月くんがその妖怪を還す所も見ちゃってるわけで。
「それでねゆかりちゃん。悪いんだけど、この話は口外しないでほしいんだ。僕たちがやっている事はあまり人に知られてはいけないからね。普段は記憶操作の術で忘れてもらってるんだけど、君は術がかかりづらいみたいだから」
き、記憶操作? 送還師ってそんなことも出来るの? あ、そっか。だからみんな天邪鬼に取り憑かれてた時のこと覚えてなかったんだ!
「もちろん誰にも言いませんけど……そんな大事な話をどうして私にしてくれたんですか?」
「君が周の彼女だか「違う」
横からクレー射撃のようなスピードで否定の言葉が飛んでくる。今までずっと黙ってたのにこんな時だけ反応が早い。どんだけ彼女だと思われたくないんだろう、いくらなんでも失礼だよ紫月くん。
「ふふっ。ていうのは冗談で。ゆかりちゃん、君、憑かれやすいみたいだね」
「え?」
「引き寄せ体質っていうのかな。妖怪たちにモッテモテで、トラブルにも巻き込まれやすいみたい」
「えー……」
私の眉間にシワが寄る。だってこんなに嬉しくないモテ期ってあるぅ? しかもトラブルって。どうせならイケメンを引き寄せてイケメンとトラブルしたいんだけど。
「ちなみに、今までもこんな体験したことあった?」
「いえ。なかったと思います」
「……そっか。じゃあ今まではこのお守りがゆかりちゃんを守ってくれてたんだね。紫月様のお力はよく効くから」
棗さんは私のランドセルに付いたお守りを指差す。
「紫水晶のチャームが随分と汚れていただろう? あれは紫月様が守って下さっていた証拠だよ。うちのお守りは妖たちから身を守るのに特化してるから。あの汚れ具合だと結構な数の妖怪が寄って来てたみたいだね」
「……そうだったんですね」
そんな事、全然知らなかった。私は知らず知らずのうちに守られていたんだね。お母さんありがとう。
「たぶん、効力が切れかけていたから天邪鬼が近付いて来たんだろうね。でも大丈夫。新しいお守りを持てば、」
「ま、待ってください!」
私は慌ててストップをかける。せっかくのお話だけど、私は自分の気持ちを言うことにした。
「あの、お気持ちはとてもありがたいんですけど……実はこのお守りは亡くなった母が私にくれた大事なものなんです。だからその、新しいものはちょっと……すみません!」
そう言って頭をおもいっきり下げる。
「そっか……僕の方こそ配慮が足りなくてごめんね。そういうことなら新しいのはやめて、そのお守りにもう一度お力を注いで頂こう」
「い、いいんですか?」
「もちろん。ただ、それだと少し時間がかかっちゃうんだ。だから新しいのを渡した方がいいかと思ったんだけど……ごめんね」
「謝らないでください! 私のワガママなんですから!」
「そんなことないよ。お母さん想いの、優しい子だ」
棗さんは目を細めてふんわりと笑った。
「ええと満月は……明日か。浄化もしなくちゃいけないからそうだな……明後日の放課後、時間ある?」
「はい!」
「じゃあ明後日の放課後取りにおいで。それまではこれを持ってるといい。これも君を守ってくれるから」
「ありがとうございます。無理を言ってすみません」
棗さんに渡されたのは、紫色の花鈴が付いたお守りだった。動かすとリンと澄んだ音が小さく響く。
「さぁ、逢魔時になる前にお帰り。親御さんも心配するだろうからね」
「ありがとうございます。では、失礼します」
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