美しい庭からの眺め

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美しい庭からの眺め

 佐藤 ミナは156歳。  夫のタカシは158歳。  二人は人間だった55歳と57歳の時にお互いバツイチの再婚同士で結婚して、庭付きの団地の一階を終の棲家として購入した。  購入したときには、しばらく人が住んでいなかった為、庭は荒れ放題だった。蔓薔薇が綺麗に咲いていたことは覚えている。  ミナは薔薇は見るのは好きだったが、自分では棘が痛いので世話をするのは嫌だった。  タカシもそれは同じで、蔓薔薇は二人が入居すると同時に、真先に庭から排除された。  庭は購入してからすぐに、まだ部屋のリフォームをしている時から二人で草刈りをして、いらない木を伐採し、少しずつ自分たちの好きな形に整えていった。  ミナは球根の植物が好きだったので、球根を植える場所の草を抜いて自分の好きな球根を植える場所にした。  まったく土をほぐしたりもしないで、それまで園芸に縁がなかったミナは固い土を無理いやりほじって穴をあけ球根を植えた。球根は丈夫でそんな状態の土からも翌年しっかりと眼を出し、綺麗な花を咲かせた。  その他の庭の場所には色々名前も知らない植物が植わっていた。  タカシが茂った草を抜いて、その植物に日があたるようになると自然と花が咲いてくる植物もあったため、むやみに全部は抜かずに、少し雑草なども残しつつ、かっちりと作り上げると言うよりふんわりした印象の庭になっていった。  一年目には柚子を、二年目にはレモンと無花果を植えた。  まだその木の実がなる前にミナは若年性のアルツハイマーになってしまった。  だが、そのころ、すでにアルツハイマーは恐い病気ではなくなっていた。  よくできたAI脳にアルツハイマーになっていない部分のミナの記憶を引き継ぎ、ミナの頭部に入れた。そうしてこれまでと同じ生活を送れるようになるのだった。  まだ、ミナの身体が動く間は、脳だけがAIになり、タカシはミナとこれまでと変わらない生活をしていられた。  庭へ鳥の水のみ場を作り、いろいろな野鳥が来るのを楽しんだ。  朝と夕方は庭に出て、花の様子を見たり、水やりをしたりしている。  やがて、ミナが80歳のころ、転倒して動けなくなってしまった。  タカシもその時、ミナの転倒を支えようとして腕を骨折し、もとのように色々な家の事が出来なくなってしまった。  二人には親からの財産が結構残されていたので、ミナは足をロボットに。タカシは腕をロボットにした。  ミナは既に脳がAIだったので足をロボットにするだけで良かったが、タカシはAI搭載の腕にして、自分の脳と繋ぐことで自由に動けるようにした。  財力のない人々は、普通に人間としての寿命を全うして生きていた時代だった。  二人は年を取るにつれ、動かないパーツをすべてロボットにしながら、終の棲家となった美しい庭の見える団地の一室で年を重ねて行った。  ミナとタカシが156歳と158歳の現在、この団地には人間として住んでいるものは誰もいなくなった。  元より少し不便な場所だったし、新しい店なども増えなかったこの地域から、若い人間は去っていき、歳をとって多少裕福な元人間の実が住む団地になっていた。  人数が減ったので、元々上階に住んでいた住民も、庭付きの一階に移ってきている。それぞれの趣味で好みの庭を作り、それぞれの美しい庭を眺めながら時間を過ごすのだった。  年を取ったこともあり、ロボットなり、燃料さえ配達してもらえれば出かける必要もないので、皆、それぞれの自慢の美しい庭を見て、日々を過ごしているのだ。  朝と夕方、決まった様に庭に出て、植物に水やりをする。  野鳥も相変わらず集まってくる。  残された人間としての完成で庭を眺めてはいるものの、どこまでが本当の自分たちなのか、AIが学習したものなのか、もう、誰にもわからない。  庭いじりが嫌いだった隣の住人は子供に引き取られて高層マンションの上階で人間としての生を終えたと、風のうわさに聞いた。  ミナとタカシは白内障になった後は目もロボットになり、今や人間からの見た目は殆どロボットだが、脳のAI機能により、人間に見えるよう加工されているので、お互いの姿は昔の人間のままに見える。  同じく、お隣さん達の姿もこの団地内の人たちは、人間から見ると皆ロボットの見た目なのだが、お互いの目には昔のままの隣人に見える。  そんなふうに団地の中だけですごしているミナとタカシをはじめとする団地の老人たちは気が付いていなかった。  この世の中ではAIとして生き延びるのではなく、人間として、人間らしく生を終えてゆくことが素晴らしい生き方だと、新たに提唱され、皆、人間としての生を終える時代に再度突入していることを。  国はこのロボットだけの団地を国の特定地域として、このロボットの老人たちが、どこまで生きたら人間としての生を終えたいと思うのか研究中である。 【了】  
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