4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
翌日の午前中。私はずっとキャンパスを歩いていた。あの輝くふたりを探して。二時限目の講義を取っているにも関わらず、私の足は講義室へは向かないのだった。
図書館の入口近くで、ようやくふたりを発見する。周りの目を気にせず歩み寄ると、彼らはほぼ同時に私に気付いた。
「葵ちゃんだ、おはよう。どうしたの?」
あの日の出来事なんてなかったみたいに、佐野さんが穏やかに微笑む。一方の早瀬さんは黙りこくったままで、私と視線を合わせようとはしない。
彼女の態度を見て、私は傲慢にも思う。
もしかしたら、早瀬さんが私を好きな気持ちは、佐野さんのそれよりもずっと強いんじゃないかって。
私は早瀬さんに近付くと、彼女の手を――自分がいつの間にか、直接触れたいと望んでいた、たおやかな手を取った。
早瀬さんが弾かれたように顔を上げる。私は構わずに、彼女の手の甲に指を滑らせた。想像以上に滑らかでしっとりとしていて、まるで絹のよう。
「話があります。来てください」
私は早瀬さんの手を引いて歩き出した。佐野さんは驚いたような表情を浮かべたけれど、特に止めるようなことはしない。早瀬さんも無表情ながら、黙って私の後に続いた。
やがてあの研究室の前に辿り着き、私は目線で鍵を開けるよう、早瀬さんに命じた。
彼女はため息を吐いてから、繋がれていない方の手でドアの鍵を開ける。
「もう関わらない方がいいって、言ったはずよ」
部屋に入るなり、早瀬さんが鋭い声を出す。
それでも私には、彼女にどうしても伝えたいことがあった。私は無言で、彼女を姿見の前へと連れていく。
鏡に映る私は、昨日の自分とは別人のようだった。背筋は伸び、堂々と胸を張り、頬が上気して、瞳が熱を持っている。
私は鏡の中の早瀬さんに向かって聞いた。
「私たち、『運命のふたり』ですよね?」
鏡に映る彼女が、一瞬、泣きそうな顔をした。少しの間を置いてから、その口がそっと開く。
「そうね」
凛とした声で、早瀬さんは答えた。
そのことが確認出来たのなら、もう鏡は必要なかった。私は彼女と向かい合う。強烈な引力を持った瞳が、私を捉えた。
――この人の全てに、触れてみたい。
私はそっと瞼を閉じた。そして、彼女の唇が潤いを湛えていることを知った。
最初のコメントを投稿しよう!