silk

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 翌日の午前中。私はずっとキャンパスを歩いていた。あの輝くふたりを探して。二時限目の講義を取っているにも関わらず、私の足は講義室へは向かないのだった。  図書館の入口近くで、ようやくふたりを発見する。周りの目を気にせず歩み寄ると、彼らはほぼ同時に私に気付いた。 「葵ちゃんだ、おはよう。どうしたの?」  あの日の出来事なんてなかったみたいに、佐野さんが穏やかに微笑む。一方の早瀬さんは黙りこくったままで、私と視線を合わせようとはしない。  彼女の態度を見て、私は傲慢にも思う。  もしかしたら、早瀬さんが私を好きな気持ちは、佐野さんのそれよりもずっと強いんじゃないかって。  私は早瀬さんに近付くと、彼女の手を――自分がいつの間にか、直接触れたいと望んでいた、たおやかな手を取った。  早瀬さんが弾かれたように顔を上げる。私は構わずに、彼女の手の甲に指を滑らせた。想像以上に滑らかでしっとりとしていて、まるで絹のよう。 「話があります。来てください」  私は早瀬さんの手を引いて歩き出した。佐野さんは驚いたような表情を浮かべたけれど、特に止めるようなことはしない。早瀬さんも無表情ながら、黙って私の後に続いた。  やがてあの研究室の前に辿り着き、私は目線で鍵を開けるよう、早瀬さんに命じた。  彼女はため息を吐いてから、繋がれていない方の手でドアの鍵を開ける。 「もう関わらない方がいいって、言ったはずよ」  部屋に入るなり、早瀬さんが鋭い声を出す。  それでも私には、彼女にどうしても伝えたいことがあった。私は無言で、彼女を姿見の前へと連れていく。  鏡に映る私は、昨日の自分とは別人のようだった。背筋は伸び、堂々と胸を張り、頬が上気して、瞳が熱を持っている。  私は鏡の中の早瀬さんに向かって聞いた。 「私たち、『運命のふたり』ですよね?」  鏡に映る彼女が、一瞬、泣きそうな顔をした。少しの間を置いてから、その口がそっと開く。 「そうね」  凛とした声で、早瀬さんは答えた。  そのことが確認出来たのなら、もう鏡は必要なかった。私は彼女と向かい合う。強烈な引力を持った瞳が、私を捉えた。 ――この人の全てに、触れてみたい。  私はそっと瞼を閉じた。そして、彼女の唇が潤いを(たた)えていることを知った。
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