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12月 上旬 経理部のフロアの中、今月もピリッとした空気になる。 増田財閥のダブル代表の1人、譲社長が経理部のフロアの中に入ってきたから。 3年前、代表取締役である自身の父親と並び代表取締役に就任した当時29歳の年だった譲社長。 本来であれば本家の人間が代表取締役に就任したことは喜ばしいことではあるけれど、譲社長に限ってはそうはならなかった。 増田財閥の本家の人間は、“大切なモノ”を財閥から奪われる。 それは“もう二度と大切なモノを奪われないよう財閥の上に立ち続けよう”という強い気持ちを持たせることが目的で、そうやって古くからこの巨大な財閥の上に君臨することが出来る本家の人間を育ててきた。 長男だった譲社長もこれまでの本家の人間達と同様、“大切なモノ”を奪われた。 いや・・・奪われそうになった。 譲社長が生まれ育った商店街ごと、その地域一帯を奪われそうになった。 でも信じられないことに、増田の全ての力を使ってもその商店街を奪うことが出来なかった。 その商店街を守ったのは商店街の大人達ではなく、当時小学生だった譲社長の幼馴染み達。 その幼馴染み達が譲社長家族が商店街を去った後も商店街を守り続け、守るだけではなく大きく強く成長させ、大人になった譲社長と元気君が戻る場所を大切にし続けていた。 だから譲社長と元気君の“大切なモノ”を奪うことが出来なかった。 それでも譲社長は、もう二度と大切なモノを奪われないようこの財閥のトップに就任した。 大学生の頃から的場製菓という製菓業界大手の会社でアルバイトをし、社会人になってからも増田財閥の会社に入ることはなく的場製菓で働き続け、信じられないことに的場製菓の一般社員としてのまま増田財閥のトップに就任をした。 今後も増田財閥の仕事には関わるつもりはないと当時の会長や分家の人間達の前で宣言をして。 増田財閥のグループ会社として的場製菓を吸収合併させ、拗れた犬猿の仲だった永家財閥の本家の長女、翔子さんのお姉さんと結婚をするということまでやってのけ、誰にも文句を言わせない形で名前だけの代表取締役となった。 普段は的場製菓の副社長秘書として働いている譲社長。 その譲社長が今では増田財閥の会社にこうして定期的に顔を出している。 まるで外国の人のような元気君の姿とは違い、優しく整った顔をしている譲社長。 その顔付きとは全く違い、譲社長は物凄く怖い人で・・・。 譲社長が社会人になった後、譲社長をこの財閥に戻そうとする当時の会長が私達分家の人間もその場に毎回同席させた。 そこで譲社長の切れる頭と増田財閥に対して“切れている”頭も知っている。 それを譲社長が退席した後に当時の会長は嬉しそうに笑っていたけれど、譲社長はこの財閥の実質的なトップに立つことはないと思っていた。 そう思っていたけれど・・・ “出来損ないの次男だから、お兄ちゃん頑張ってるんじゃない?” 翔子さんの言葉を思い返しながら、ピリッとした空気の中でチラッと譲社長の姿を見た。 元気君は出来損ないの次男を演じていただけだったらしく、明るく元気な人柄なだけではなく仕事に関してもとても有能な人のようで。 それでも譲社長はこうして元気君の為に会社を整え続けている。 「お金の重み、か・・・。」 2年前に会社で言っていたという元気君の言葉を思い出す。 この2人は商店街で生まれ育ち、増田財閥が全力で潰そうとしていた商店街の中でお金にも苦労をした環境で育ってきた。 この怖くも弟想いの譲社長がついている元気君。 お金の重みをちゃんと知っている本家の人間2人が上に立つ未来があることが嬉しく思う。 増田財閥はまだまだ続いていけると思える。 小さく微笑みながら、物凄く怖い顔と雰囲気を出している譲社長を自分のデスクから眺めていた時・・・ 譲社長と目が合ってしまった。 それには少し慌てたけれど、小さくお辞儀をした。 譲社長はそれに何も返すことはなく口を開いた。 「羽鳥さん、少しよろしいですか?」 物凄く怖い顔と雰囲気でそう言われ、その声までも“怖い”と思うような声で、何度か聞いたことがあるその声には今日もドキドキと嫌な胸の音を聞きながら、返事をしてから立ち上がった。
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