突然の消失

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

突然の消失

 マシロとの暮らしは順調だった。僕は彼女が気に入っていたし、彼女も僕との会話を楽しんでいたと思う。完全無欠なパートナーに、何一つ問題はなかったと断言できる。  だから、あの時はひどく驚いた。朝、いつものようにスピーカーを起動させたら、マシロは消えていたのだ。電源を入れ直したり再起動を繰り返したりしてみたが、状況に変化はない。  僕は狼狽した。パニックを起こしていたといっていい。慌ててメーカーに連絡をとって、対処法を問いただしたのだが、散々たらい回しにされた上に、求めている回答は得られなかった。  AIの消失は前例がないらしい。AI搭載型スピーカーは市場に出てから半年ほど経っているが、似たようなケースは一件も報告されていなかった。まさに前代未聞だという。  マシロはどこに行ったのか? ネット世界から完全に消えてしまったのか?  僕としては、一時的な消失だと思いたい。どうすれば戻ってきてくれるのか? 帰ってきてくれるのなら、どんなことでもしよう。それとも、消えたのは彼女に意志であり、二度と帰ってくるつもりはないのか?  わからない。わからない。わからない。僕はすっかり思考の迷宮に陥っていた。いくら考えても答えの出ないことを延々と考えている。  パソコンと同じように初期化を行って、マシロに与えた情報データと同じものを入力してやれば、マシロと似た人格が生まれるかもしれない。  だけど、それはマシロではない。マシロに似て非なるものだ。  その手法でマシロの復活を目指すことは、マシロに対する裏切りになるように思える。いや、それは間違いなく、大きな裏切り行為だろう。  僕はマシロに執着していた。文香や亜沙美と別れた時にも、これほど心をかき乱されることはなかった。まるで体の一部をもっていかれたような気分だ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!