妖怪の僕と妖怪図鑑

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小学二年生の昊(そら)は、白檀の匂いに包まれて目を覚ました。うっすらと目を開けると見た事がない木目調の天井、真新しい花柄の布団の中にいる。 「ん?ここどこ?」 ーーいつも通り自分の部屋のベッドで寝たはずだけど……。 起きたばかりの頭は思うようには動かない。昊は、寝ぼけているのかと思い、目をこすりながら体を起こす。周りを見回し息を飲む。 ーーここはどこ? 昊は見たこともない薄暗い10畳ほどの和室の部屋にいた。部屋には誰もいない。中心部にひかれた布団の中に昊はいる。 右側奥には、古びた大きな仏壇があり、果物やご飯、お菓子などが左右対称に並べられている。精霊馬がナスと胡瓜で作られ、ホオズキのオレンジが目についた。 ーー誰の仏壇だろう? 電気の蝋燭が揺ら揺ら動いているみたいに見える。位牌も蝋燭に照らされ黒光する。だが漢字が難しく昊には読めない。 線香が焚かれており、ゆっくりと白煙は線を描くように真っ直ぐ上にたちのぼる。 白檀の匂いは独特の線香の匂いだと理解した。 仏壇の横に飾られている盆提灯は、青い光を出しながらくるくる回り、時折蓮の花柄が浮かびあがる。 昊は見慣れていない提灯の人工的な青の光に薄気味悪さを感じ、全身粟立つ。 鼓動が大きくなるのを自覚して、息を飲んだ。 「本当にここはどこ?」 ーー僕歩いてきたのかな?夢? 昊は、頭の中の記憶を隅々まで手繰り寄せるがやはり、全く思いつかない。 布団の左側には、古びたテーブルがある。タッパには、赤飯がラップをかけられて置かれている。ふっくらした米粒はもっちりとしており、赤紫色の小豆も艶がある。空腹の昊の食欲を刺激し、思わず唾を飲む。 しかし、直感的に昊は、これを食べてはいけない気がした。異世界のものを口にすると呪われるという本を読んだ記憶がでてきたからだ。 それは、寝る前に読んだ妖怪図鑑のうけうりだったことを思い出す。他にも沢山の妖怪のリアルな絵と小話がかいてあった。 小豆洗いがリアルに紹介された画像は、髪が薄く顔は三角の小さいお爺さんだった。小豆を川で洗いながら、『小豆洗おうか人とって食おうか』と言って襲ってくるらしい。 昊は、1人で心細い時にかぎって、こういう怖いものを思い出した事を後悔した。恐怖が自分の思考だけでどんどん増殖していく。 震え始めた手をぎゅっと握った。 またキョロキョロ部屋を見回したが、部屋には額縁に入っている見たここもない写真が並んでいる。お爺さんが着物を着ている。 全部お爺さんの写真で、手前の3枚はカラー写真で左に行くにつれ段々白黒になり、最後はセピア色の褪せた写真だ。 見た事がないお爺さん達だが、よく見れば、皆んな髪の毛が薄く三角の顔をしている。 ーー小豆洗い……?! そう思うと、さっき見たテーブルの赤飯が脳内でフラッシュバックする。昊は思わず両手で口を押さえた。 部屋の中はひんやりしていて、何だか冷たい風が頬を撫でた気がした。身震いがする。 ーーもしかして、ここ小豆洗いの家? 「怖い……」 こうなった原因を考えるが全く思い浮かばない。体がだんだん冷たくなっていくのを感じる。 恐怖で身体の震えが止まらない。あまりの恐怖に誰かと一緒にいたい。僕はついに叫んだ。 「お…お母〜さん!!」 声も震える。 もちろん返事はない。無音の部屋だ。 やはりこの家に、母がいない事を理解した。 その時、突然ブーッという低い小さい機械音が廊下から鳴り始める。 肩をビクッとさせ動きが固まる。寿命が縮んだ気になった。部屋の中は何も変わらない。 一度変な音が聞こえると、ささいな音さえも敏感になる。耳を澄まして、聞き逃さまいと音に集中する。 もちろん障子を開け、音の根源を探す勇気何てない。昊はいつか、妖怪に会ったら習っている剣道で、戦うつもりだった。 だから妖怪に恐怖はなかった。クラスの友達に妖怪図鑑の知識をひけらかし、皆んなが怖がれば怖がる程嬉しかった。 だが実際、本物がいるとなると恐怖が勝り戦う気さえ起こらない。自分も今恐怖を味わっている。クラスで自分は恐怖を与える妖怪だったのかもしれない。そんな事が今更ながら頭をよぎる。 昔の自分を何だか後悔した。 また、顔をキョロキョロ動かし部屋の中の異常がないか確認する。異常がないので、少し安心して息を吐いた。 ーーぎしっ。ぎしっ。ぎしっ。ぎしっ。 廊下から木がきしむ音が聞こえる。 ーー誰かいる? 左側の廊下の障子の方を勢いよく振り向くが、誰もいない。薄暗い部屋で目を凝らす。 やはり部屋の中に何かがいる気がする。 霊感を持っているわけではないが、何か気配を感じるのだ。だが誰もいない。おかしい。 ーーもしかして、自分が見てない時に妖怪は顔を出しているのかもしれない。 ふと顔をあちらに向けた瞬間に、後ろに誰かがいるかもしれないと思い、顔を俊敏に動かし何度も部屋全体を観察する事にした。 するとなんだか押入れが気になりはじめる。 押入れに貼られたいろあせた紙は、褪せたシミが模様にも見えてくる。 すると、白いモノが上から降ってくるのが視界の隅に入った。 ーーがしゃん!! 「わあああああーーーーーーー!」  昊は、思わず布団を頭から被り身体を丸めた。 「ニャーーーーーー」 声がする方を布団から顔を出し見ると、白と茶色の三毛猫だ。 猫も僕の声にびっくりして急いで逃げる。 ーー猫…これ化け猫?化け猫は、尻尾が3本に分かれているし……これは一本だからただの猫。ただの猫……。びびるな。びびるな。 自分を少しでも安心させるように自分に言い聞かせる。布団から体を出すとまた、部屋の観察を始める。 天井を見ると、猫が登れるくらいの木が横にむき出しになってる。あそこから降りてきたんだろう。猫は、部屋の隅から僕の方を睨みつけていた。 猫の後ろには気になっている押入れがある。猫よりも押入れに昊は意識が向く。 ーー読んだ本に押入れの中には、座敷童子がでてくると描いてあった。 妖怪図鑑で妖怪を知り尽くした昊は、いろんな情報が頭の中を支配する。 情報を思い出せば変な汗が次から次へと出てくる。じっーっと押入れを見つめる。見つめている間は何となく開かないような気がしていた。 ーーガタンッ 後の廊下の障子が突然開いた音がした。 昊は、怯えた顔でゆっくり廊下の障子に目をやる。 重々しく垂れる長い黒髪は濡れており、顔に髪がかぶさり、顔がない。 紺色の朝顔の浴衣をきた女はバスタオルをおくるみのようにして両手で抱いている。 ーー濡れ女は、『赤子を、抱いてくれ』と言って赤子を抱かせてそのまま海に沈めると書いてあった。身体は蛇って…… 昊はゴクリ……と息を飲んだ。 次の瞬間僕はもうだめだと思って叫んで逃げた。 「ぎゃーーーーーーーーー!!」 濡れ女がいない反対の縁側の引き戸を力いっぱい開け、無我夢中で裸足で外に逃げる。 外は夏の暑い日差しがかんかんと照り付け、むんとした熱気がある。 足が上手く回らず、何度もこけながらも、逃げないといけない。地面の暑さも感じないくらい、振り返りながら何度ももこけては前に走る。 濡れ女は縁側まで追ってきていたが、外には出てこれないようだ。 追ってこないみたいなので僕は庭の端っこまできて、疲れて膝をついた。昊の足やパジャマには、泥がついていた。 この家の庭は畑があるくらい広いが、そんな距離走ってないのに息が切れる。 濡れ女は姿を消していた。 僕は安心すると全身の力がぬけその場に座り込む。 庭から外の方を見た。 そこには見たことがない景色が広がっている。 一面には濃緑色をした田園がずっと奥まで続いている。遠くに高い山があり、小道や小川がある。建物が見当たらず、人がいない。家がない。 蝉の声やカエルの声が響きわたる。空には真っ白の入道雲が立ち上がり空は真っ青だ。急いでいるものはなく、全てのモノの時間がゆっくり進んでいる。草の匂いが昊の鼻をかすめた。 ーーここ…国語の時間に習った昭和の世界?教科書で見た挿絵と同じだ。僕の住んでる東京じゃない。もしかして僕タイムスリップした?違う世界に行くってやつだ。僕…タイムスリップしたんだ! そんな事を考えていると不安になり涙が頬を伝う。1人でどうしたらいいのかわからない。 家族にもう会えないのかと思うと胸が苦しい。 昊は、大きい声でもと居た世界に届くように叫んだ。 「お母さーん。お父さーん。おねーちゃーん。」 昊の声が、のどかな田んぼに響き渡る。それを聞いた蝉達は、先ほどよりも強く鳴き始めた。 昊の叫びに誰も返事はない。 この世界には大切な皆んながいない。 そして妖怪もいる……。 1人でこれからどうしていいか分からず不安でしかたない。唇を噛み締めるが、どんどん涙は溢れ、ぽとりぽとりと地面が濡れる。 「どうした?起きたのか?」 後ろから女の人の嗄れ声が聞こえた。 ふりむくと、布巾を頭にかぶったお婆さんらしき人は、微笑み手にはザルを持つ。ザルの中にはみずみずしいきゅうりやトマトを沢山入れている。片手にはカマを持っていた。カマが、太陽の光で反射する。 「腹減ったな?」 それを聞いた昊は、山姥が出たと思った。 山姥は、山に住む人食いだ……カマが目に入る。 昊はもう逃げられないと思い声を出して、その場で泣き出した。 「怖いよー怖いよー。お母さーん」 山姥は、昊の横に腰を低くし顔を覗きこむようにして「何で泣くのか?」と笑っている。 家の方から砂利を力強くふむ足音が聞こえてきた。 「昊なに泣いてんの?」 この声はいつもの姉の環花(わか)の声だ。 ーーお姉ちゃんもタイムトラベルしたんだ! 「お…お姉ちゃん!!」 すがる思いで振り向くと、なぜかさっきの濡れ女と同じ浴衣をきた姉がいる。 昊は姉を見ると動きが固まり涙がひっこんだ。 「昊。なんでさっき逃げたの?しかも裸足で庭出ないの!」 「え?」 「靴履きなさいよ。おばあちゃん家が汚れるでしょ?」 「お……おばあちゃんの家?」 昊は、あまりのことに毒気を抜かれ、呆気にとられる。口があんぐり開いた。 お婆さんは笑いながら優しく話す。 「小さい時昊は来たことあるけど、コロナでここ4年くらい来てなかったから覚えてないだろ?」 山姥は、頭に巻いてた頭巾をとる。髪の毛が顔に下り、遠い記憶にある見覚えがある顔があった。お婆さんは顔をくしゃくしゃにして笑う。 「よく来たよ。大きくなったなー」 僕は、頭が混乱しパニック状態で、眉をひそめ2人の顔を見比べていると、家の前で車が止まった。お母さんが車から降りてきた。 お母さんの姿を見るとすぐに昊はかけより、お母さんを抱きしめ涙を流す。 「お母さーん」 「どうしたの?ごめんね。昊が寝てる間に車でおばあちゃん家に来たのよ。渋滞しそうだったから早めに出たの。びっくりしたでしょ?朝方ついたけど、昊一度も起きなかったから。」 母は、昊の頭をゆっくり撫でてくれた。 母に抱きしめられて、母の心臓の音が聞こえて、現実何だって安心した。 「お母さん。おばあちゃんの家妖怪いる?」 母はふっと小さく笑った。 「何言ってるの?いないよ。でも今日はお盆だからお爺ちゃんは見えないけどいるかもね」 「幽霊?」 昊は気が気でない。妖怪の次は幽霊がでるのか?母にすがるような目で見た。 「幽霊だけど、お爺ちゃんは怖くない幽霊だよ。昊を守ってくれるよ?」 おばあちゃんはニカっと笑いながら頷き、昊を見る。よく見ると僕のおばあちゃんだ。 山姥じゃなかった。 お姉ちゃんも今は髪の毛も乾いてて、顔もあって濡れ女じゃなかった。さっきはシャワーの後だったらしい。 小豆洗い……お爺ちゃんだった。 お爺ちゃんごめんなさい。 結局、タイムスリップではなかった。でもタイムスリップってきっとこんな感じなのだろうと昊は思った。知らない世界に行くということは、孤独と不安がついてくるのだ。 ーーもうタイムスリップはうんざりだ。今生きてるこの世界が一番いい。 大好きな人がみんな生きている世界だから…… 同じ時間、同じ場所を共に過ごす… この出会いは奇跡なんだ。 庭に咲いている大きな向日葵に負けないくらい、昊がにっこり微笑む。その笑顔は、少しだけ幼さが抜け、凛々しく見えた。 安心すると、昊はうんざりだとなっていた気持ちも薄れていた。また知らない世界を見たくなる。昊は、いつのまにか冒険に魅了される。昊の目はキラキラ輝く。 先程まで縁側にいた猫は、それを見届けると満足そうに鳴き、いつのまにか姿を消した。 その猫をだれも知らない……
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