第12話 海鳴り亡霊

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 たぶん、あいつは青木一郎にまちがいない。俺を恨んでいるのだろうか。それとも帰る場所を探しに来たのか。  久保田は天井を見上げた。青木の顔が天井板の隙間からのぞいたら…想像しただけでゾッとした。親友とはいえ、心霊現象はさすがに気味悪かった。  久保田は電気をつけたまま一夜を明かすことにした。暗い部屋より明るい方がいいに決まってる。  時折、睡魔が押し寄せてきて瞼が重くなると、青木が耳元で囁く声がした。 ――く、ぼ、たぁ。  ぎょっとして目をひらくと、誰もいないのだった。  枕元の目覚まし時計は二時半を少し回ったところだ。 ――Riririing Ririririiing  だしぬけに電話が鳴った。久保田の心臓が痛いくらいに跳ね上がった。脈拍数がどくんどくんと速くなっていく。 ――Rriririririiiing …… 着信音は鳴りやまない。こんな夜中に誰だろう。まさか、青木? 不気味な想像をしてしまう。  もしもし。  無言。  もしもし。  無言。  電話を切る。……切ると、再び鳴りだす。  勇気を振り絞って、再度。  もしもーし。   ――く、ぼ、たあ。  青木の声だ。「青木か?」久保田は聞き返す。「今、どこにいるんだ?」 ――……。  受話器の向こうで、桟橋に寄せては返す波の音がする。かすかな最弱音(ピアニシモ)。  久保田は我に返った。  想像している間も、着信音は容赦なく鳴り続けていた。 ――Ririririririiig……!  わかったよ、分かったから。静かにしてくれ。一人暮らしのアパートとはいえ、隣りには住人がいるし、深夜の電話音は響くはずだ。近所迷惑――理性が働いた。 「もしもし!」  久保田はやけくそ気味に受話器を乱暴につかんだ。  一呼吸の間があって、 「もしもし、川辺です、川辺久留美です。あの、久保田君でしょ」 「あ」聞きなれた久留美の声に、久保田が膝が崩れそうになった。「どうした」 「ごめんね、こんな時間に」彼女の声は切羽詰まっていた。 「いや、久留美でよかったよ。ほっとした。青木からの電話だと思った」  彼女がはっと息を呑むのが伝わってきた。「久保田君のとこにも、青木君が来たのね」 「おう」 「あたし、青木君が海の上を歩いている夢をみたのよ。それで目が覚めたら、海鳴りが聞こえた。あれは海鳴り亡霊」 「海鳴り亡霊?」 「海で行方不明になった人が、陸地を探して彷徨うの。自分がまだ死んでいないことに気づいてなくて、肉体を探す。霊が海上を滑るときに海が鳴くっていう云い伝え、知ってる?」 「いや、初めて聞いたよ」 「そう? 久保田君は何があったの?」  久保田は自分の身に起きた事を話した。  話を聞き終わった久留美が提案をした。「今日のお昼、アミティエで会って、ミーティングしない? 青木君のこと、調べてみようと思うの」  アミティエとは、学生街にある喫茶店(さてん)だった。 「賛成。アミティエ、12時半でいいかい?」  久保田はふすまを眺めながら言った。かすかに動いた気がしたが、隙間風のせいかもしれなかった。  
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