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たぶん、あいつは青木一郎にまちがいない。俺を恨んでいるのだろうか。それとも帰る場所を探しに来たのか。
久保田は天井を見上げた。青木の顔が天井板の隙間からのぞいたら…想像しただけでゾッとした。親友とはいえ、心霊現象はさすがに気味悪かった。
久保田は電気をつけたまま一夜を明かすことにした。暗い部屋より明るい方がいいに決まってる。
時折、睡魔が押し寄せてきて瞼が重くなると、青木が耳元で囁く声がした。
――く、ぼ、たぁ。
ぎょっとして目をひらくと、誰もいないのだった。
枕元の目覚まし時計は二時半を少し回ったところだ。
――Riririing Ririririiing
だしぬけに電話が鳴った。久保田の心臓が痛いくらいに跳ね上がった。脈拍数がどくんどくんと速くなっていく。
――Rriririririiiing ……
着信音は鳴りやまない。こんな夜中に誰だろう。まさか、青木? 不気味な想像をしてしまう。
もしもし。
無言。
もしもし。
無言。
電話を切る。……切ると、再び鳴りだす。
勇気を振り絞って、再度。
もしもーし。
――く、ぼ、たあ。
青木の声だ。「青木か?」久保田は聞き返す。「今、どこにいるんだ?」
――……。
受話器の向こうで、桟橋に寄せては返す波の音がする。かすかな最弱音。
久保田は我に返った。
想像している間も、着信音は容赦なく鳴り続けていた。
――Ririririririiig……!
わかったよ、分かったから。静かにしてくれ。一人暮らしのアパートとはいえ、隣りには住人がいるし、深夜の電話音は響くはずだ。近所迷惑――理性が働いた。
「もしもし!」
久保田はやけくそ気味に受話器を乱暴につかんだ。
一呼吸の間があって、
「もしもし、川辺です、川辺久留美です。あの、久保田君でしょ」
「あ」聞きなれた久留美の声に、久保田が膝が崩れそうになった。「どうした」
「ごめんね、こんな時間に」彼女の声は切羽詰まっていた。
「いや、久留美でよかったよ。ほっとした。青木からの電話だと思った」
彼女がはっと息を呑むのが伝わってきた。「久保田君のとこにも、青木君が来たのね」
「おう」
「あたし、青木君が海の上を歩いている夢をみたのよ。それで目が覚めたら、海鳴りが聞こえた。あれは海鳴り亡霊」
「海鳴り亡霊?」
「海で行方不明になった人が、陸地を探して彷徨うの。自分がまだ死んでいないことに気づいてなくて、肉体を探す。霊が海上を滑るときに海が鳴くっていう云い伝え、知ってる?」
「いや、初めて聞いたよ」
「そう? 久保田君は何があったの?」
久保田は自分の身に起きた事を話した。
話を聞き終わった久留美が提案をした。「今日のお昼、アミティエで会って、ミーティングしない? 青木君のこと、調べてみようと思うの」
アミティエとは、学生街にある喫茶店だった。
「賛成。アミティエ、12時半でいいかい?」
久保田はふすまを眺めながら言った。かすかに動いた気がしたが、隙間風のせいかもしれなかった。
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