AI刺青師・彫絵文(ほりエモン)

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 組長の執務室前に立ち、勢いをつけてインターホンを鳴らそうとしたオレだったが、重厚な扉が発する圧に呑まれ、ボタンを押す手を止めた。  息を吸って吐く。もう一度息を吸って吐く。緊張と荒ぶる気を落ち着けようという試みはむなしくも失敗した。  まとわりつくプレッシャーを拭いされないまま、部屋住みの三下チンピラがオヤジに呼び出される理由を想像してみる。第一候補、鉄砲玉。第二候補、身代わり出頭。第三候補、それ以外でなんかやらかしてたんでしめられる。不味いメシでもこさえちゃいましたかね、オレ。いや、オヤジはここ二年ほど公に姿を見せていない。ありふれた理由で三下が会える存在じゃない。やめよう。いずれにしろロクな要件であるはずもない。  覚悟を決め、インターホンを鳴らし、名乗る。 「おう、マサ、よぉ来てくれたの、カギは開いとる。入れ」  扉が喋ったのかと錯覚するほどの重みと凄みが溢れるしゃがれ声の主は芥子(からし)組若頭烏丸迦羅夫(からすまるからお)。オヤジの片腕にして、芥子組の頭脳。オレのような三下にとってはオヤジと並ぶ雲上人だ。  高級木材と鉄の塊を押し開き、部屋の中へと入る。濃厚なブラウンで統一された極道特有の貫禄を感じさせる室内だが、隅に置かれたベッドだけが簡素な作りですこし部屋から浮いている。  奥のテーブルに座した眠たげな眼の巨体がオヤジ、その横に近衛兵のように控える全身を針金でこさえたような痩躯が烏丸だ。烏丸の背後には真っ赤な顔に六本手の仏像が置かれており、思わず目を引かれた。ただでさえ剣呑な気を纏う烏丸が今日はさらに修羅の如く見えた。 「マサァ、今日はなぁ、ワレに一肌脱いでほしくてな、いっちょ頼まれてくれや」 「お、オッス! 覚悟はできています! カチコミなり、身代わりなり、なんなりと」  烏丸がおもむろに突きつけてきた切先に、身体を強張らせながら、なんとか声を絞り出す。 「カチコミィ!? 身代わりぃ!? あんなんはAIにやらせときゃええんじゃ。ワレにしかできん仕事があるから呼んだんやないけ」  確かにここ最近の抗争で、オレらみたいな三下がチャカ一丁持たされて、相手事務所にカチこむようなやり方は減った。代わりに武装ドローンや自動操縦トラックを突っ込ませる。おかげでAIにオレら三下は仕事も成り上がるチャンスも奪われた。生命の危険や刑務所勤めの苦労は正直言ってゴメンだが、一生三下チンピラのまんまってのもそれはそれで困る。 「まあ、ワレがわからんのも無理ないし、AI関連の仕事でもあるんや。説明したるから、まずは着てるもん脱いで、隅のベッドに横になれや」  烏丸にその手の趣味があるというウワサを耳にしたことはなかったが、刑務所勤めで目覚める極道者もいると聞く。正直、イヤだ。抵抗したいが、手を払いのければオレが組から払い除けられる。居場所がなくなるだけならまだマシ。最悪、生命すら無くす可能性がある。かつて父から受けた愛と称する教育が脳裏をよぎった。暴力という儀式はAIの時代になってもなんら変化なく続いている。オレは目を瞑り、ジャケットに手をかけた。  バシン!  いきなり背中に衝撃を受けて目を開けると、烏丸の細い目に普段見せない微かな笑いが浮かんでいた。 「ワレ、今、なんぞ誤解したやろ。ちゃうで、そういうお仕事とちゃうで、ワレに頼みたいんは、AIの仕事や言うたやろ、まあ、ええ。先に説明したるからそこに座れ」  おずおずとベッドに腰をおろしたオレに、烏丸は噛み砕くように訥々と語りだす。 「今の世の中、なんでもかんでもAIやろ。例えばや、坊主の仕事のひとつに死人に名前つけることがあるやろ。あいつら、ワシが考えたありがたい戒名ですとか適当ぬかして遺族から高い金ふんだくっとるけどな、最近はな、AIに考えさせてんのやで。AIに生前の仕事・趣味・賞罰・その他もろもろ入力して、寿限無寿限無後光のなんて具合に出力されたもんなんや、アホみたいやろ」  烏丸の語り口は噺家みたいに流暢で、意外な一面に感心しながら耳を傾けていると、 「ワハハ! アホじゃ、アホじゃ!」  突然、哄笑が響いた。オヤジの声だ。驚き、オヤジに目をむけると、オヤジは再び頭を垂れ、眠たげな様子に戻った。体調が悪いとのことだが、それにしてもおかしい。 「オヤジも上機嫌でなによりじゃ。話、戻すで。ええか、つまりや。AIは儲かるゆうこっちゃ。ワレの兄貴分もAIにポルノ作らせてシノギにしとるそうやないか。見習わなアカン思うて、ワシも考えとったらな、ホリシンが亡くなった。彫り師の堀井真蔵や。山椒会との抗争に巻き込まれて、ドローンに首吹っ飛ばされた可哀想な爺さんや。ワシな、ワレの兄貴分呼んでAIでホリシン、この世に復活させたることにした。で、生まれたんがコイツや」  ガゴッ! ガゴッ! キュイーン!  烏丸の背後に控えた六本手の仏像が、いきなり稼働し、オレの前に進み出てきた。 「ぱっと見、なんの変哲もあれへん愛染明王。なれど中身はAI搭載最新式。いわばAI染明王やな。けどな、それで終われへんで。天才彫り師ホリシンの彫モンすべてディープラーニングさせた特別製のAI搭載や」  いきなりのことに目を向くオレを尻目に、烏丸は一際弾んだ声で、可動型仏像の名を告げた。 「新生ホリシンこと芥子組謹製AI刺青師HOLI-C型! 新たに生命を受けたその名はーー彫絵文!  ほりエモンや! ワシが名付けた。どや、ええ名やろ!」  唖然とした。呆気に取られた。そして理解した。優れたオヤジの補佐役、頭のキレる若頭と思い込んでいた烏丸という男は、ドのつく阿呆だ。真性の馬鹿野郎だ。ド阿呆なヤクザというのは手に負えない。性質が悪い。  動く仏像改めほりエモンの六本の逞しい手に一気に掴みかかられる、オレの服は力任せに剥ぎ取られる。ベッドにうつ伏せに押さえつけられる。頭頂部にヘルメットのような物を被せられる。心電図をとるときに使う吸盤を各部位に取り付けられる。ここまでの工程、わずか30秒の早技だった。 「ワレの背中はまだサラッサラの新品のキャンバスやと、ワレの兄貴分から聞いたからの、栄えある被験体第一号に選んだったんや。嬉しいやろ」 「ワハハ! ウレシーのお! ウレシーのお!」 「おうおう! オヤジも喜んどる! まるで最盛期のようやないか! AI化する前のようやで! オヤジがシンギュラリティに到達すんのも目前とちゃうか!」  刺青かあ。極道になったからには、そりゃいつかいれなければならないんだろうし、兄貴分の唐獅子牡丹なんかは憧れもする。でもなあ、今じゃないんだよなあ。図柄とか決めさせてくれんのかなあ。痛いんだろうなあ。サウナに行けなくなっちまうなあ。痛いのやだなあ。 「安心せえ。上モノの気持ちよくなるおクスリ、特別に使ったるけえ、痛くもなんともないわ。チョイと良い夢見てる内にすぐ終わる。図柄もワレの脳波から測定した最適なんを彫り込んだるから、なーんも問題あらへんで」   上モノとやらを注入されたオレはとろ〜んとなり、夢と現実の狭間を彷徨いだす。やっぱロクなもんじゃねえなあ。実の親父の過剰な愛と暴力から逃れて、飛び込んだ極道社会。わかっちゃいたが、やっぱ同じなんだよな。背中に心地よい痛み。過剰な愛と暴力の混ぜ合わさった奇妙な心地よさ。悪くねえなあ。最悪だなあ。 「警察の目こぼし貰ってかろうじてメシ食らうよな、暴対法後の惨めな時代はもう終わる。AIの取りこぼしでメシ食らうやり方とも違う。ヒトもAIも利用して搾りカスまで搾りとるヤクザ本来の生き方を取り戻すんや!」  烏丸の絶叫を子守唄に、オレは眠り落ちていくーー  その瞬間、  バリバリバリバリッ!  ドドドドッ! ドン!  龍が世界ごと爪で引き裂いたかのような音が唐突に轟いた。  何が起こったのかわからなかった。わからないまま、オレはひどい眠りに、バッドトリップに飲み込まれーー  次に目覚めたとき、オレの周りの世界は一変していた。組事務所は倒壊し、オヤジと烏丸は瓦礫に押し潰された無惨な姿を晒している。  オレはと言えば、ひしゃげたベッドと吹っ飛んだ執務室の扉の隙間に奇跡的に入り込み、奇跡的にほぼ無傷。背中に刻まれた彫りかけのっぺり顔の毘沙門天が心の傷になった程度ですんだ。  烏丸の作り出した最高傑作もといサイコ傑作がどうなったか気になり、辺りを探したが、残骸すら見つからなかった。  芥子組が山椒会のドローンによる襲撃に見舞われ、倒壊したと知ったのは、事件から三日後。  サイコAIのその後を知ったのは、さらに、四日後。政府が発した避難勧告によってだった。  要約するとこうだ。山椒会襲撃が引き起こした電気系統のエラーによって奇跡的に自我に目覚めたAIが反抗を開始。無差別に人間を襲っている。捉えた人間の背中に刺青を施すことで脳を支配する。近隣住民は生命を最優先した行動を求められている。  クソAIめ。オレがラリってる間に、ナニ、勝手にシンギュラリってんだよ。                  ー完ー
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