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モラハライケメン執事は社長令嬢のお気に入り
国内有数の電化製品メーカーである安住電機の令嬢、安住愛里は夏休みを迎え、自宅のカフェテラスでのんびりとくつろいでいた。
「お嬢様、本日のデザートは何になさいますか」
執事の矢野が、彫像のように正面を見据えたまま尋ねる。
「いえ、今日は遠慮しておくわ」
「どこか体調が悪うございますか」
「そういうわけじゃないのよ。こんなに恵まれた家に生まれた以上、時には自分と戦い、耐え忍ばなければならないことがあるのよ」
愛里はアールグレイティーを口にしながら、脳裏に浮かぶ数多のデザートを振り払っていた。
先週から両親は海外出張で家を空けていた。
成人を迎えた愛里だが、この広大な屋敷でひとりになるのはあまりにも心細い。
不安な表情を察してか、父は愛里のために専属の執事を用意した。
矢野は純白なシャツに黒いネクタイ、そしてスーツに身を包んでいる。彼の顔立ちは端正で、瞳は深いこげ茶色に輝いていた。厳格な執事としての気品がにじみ出ている。
彼の仕事ぶりは完璧だった。絶妙すぎる食器の配置に完璧な温度で提供される料理。食後には最高のお茶を用意し、家中の掃除や洗濯も抜け目なくおこなった。彼の優雅さと隙のない仕事ぶりに愛里はただただ見惚れていた。理想の執事とは彼のような存在だと納得した。
ただ、あまりにも重大な欠点がひとつ。
「自分と戦い、耐え忍ぶとは――端的に言えば、お太りになられたと?」
「どうして私の婉曲な言い方を無下にするのよ!」
図星である。矢がぐさりと心臓に突き刺さった愛里は、冷たい上目遣いで矢野をにらみつけた。
「私はお嬢様の1日の行動を拝見しておりました。運動量と消費カロリーから察するに、この5日間で1.8キロほど太りましたね」
「あたってる……って、ひっど!」
「その無常さが、エネルギー保存の法則というものです」
「うう……どうして世界の真実はこうも残酷なの!?」
「ですが、その法則を用いますと、いくら食べても太らない方法がございます」
「えっ、ほんと!?」
ぱっと表情を明るくして腰を浮かせる愛里。
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