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Ⅰ 氷室のオメガ
「この子、アルファなの? まあ、残念ねえ」
──その言葉を、生まれてからどれだけ聞かされてきたのだろう?
あまりに当たり前な言葉だったので、僕は長いこと『アルファ』とは劣ったものを指す言葉だと思っていた。母はいつも気丈に言い返して庇ってくれたけれど、一族の誰も気に留めはしない。
「志乃はアルファだから。いくら綺麗な顔をしていても、私たち、氷室のオメガとは違うの」
姉や従姉妹たちは、僕を憐れんでいた。一族の子どもたちの中で、跡取りである兄の他には末っ子である僕だけがアルファだ。氷室一族の中でも特に美しかった姉たちは、幼い僕のことが心配だったのだろう。彼女たちは代わる代わる僕の頭を優しく撫でた。
「志乃が不自由しないように、私たちが頑張るからね。志乃は何も心配しないで」
十も年が離れて生まれた僕には、言われた言葉の意味がよくわからなかった。ただ、姉や従姉妹たちの言葉を聞いて頷くだけだった。
この世には男女以外に、アルファ、オメガ、ベータという三つの性別がある。アルファは人口の二パーセント程度だと言われる。オメガはさらに少なく、大半の人はベータだ。
アルファには優秀な者が多く、オメガは発情期があるために孕むのに特化した性だと言われてきた。現在は薬の進歩で、オメガも他の性の人々と変わりなく生活することが出来る。ただ、世界を動かすのは優れたアルファたちであり、そのアルファたちはオメガからしか生まれない。
僕の生家である氷室家は、その希少なオメガが多数生まれる家だった。一族の際立って美しいオメガたちは、特に能力の高い優秀なアルファを生んだ。しかし、皮肉なことに氷室家に生まれたアルファの能力は総じて低かった。アルファ同士でみればせいぜいが中の下で、優秀なベータには劣るだろう。当主の能力だけでは明らかに他家よりも格下になるところを、一族のオメガたちが支えてきたのだ。
氷室のオメガたちは嫁いだ後も婚家からたくさんの援助を生家に運んだ。だからこそ、一族の宝だと言われていた。
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