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第一話 災いは静かに眠る
「それが思ったより狭くて」
「店子さんがどうしても首を振ってくれなくて」
最寄りの駅を降りて半年だけ住んでいた街に十年ぶりに降り立った私は、目的の物件に辿りつく前に早くもあれこれ言い訳を考え始めていた。
私が向かっているのは住宅街の外れにひっそりと建っている古い民家だった。
そこにはかつて母方の遠縁一家が住んでいたが、家主の老夫婦が亡くなった現在は賃貸物件となっているらしい。
私はこれからそこを借りている店子さんと会って、敷地内にある『蔵』を貸してもらえないか頼みに行くのだ。
――このミッションを終えたら、あの一族とは縁を切るんだ。
私は『蔵』を見る前から店子さんがOKを出そうと出すまいと、「実は断られました」というシナリオにすることを固く心に誓っていた。なぜならこれから訪ねる物件は私が子供の頃半年だけお世話になった「もう一つの実家」であり、『蔵』は懐かしい遊び場だったからだ。
他の人が住むのは一向に構わないが、あいつらの遊び場にされて好き放題にいじられるのは耐えられない。
そう、私が「お断り」を勝手に決めた理由は建物に愛着があるからというだけではない。
大好きな『蔵』を、自分が経営する零細芸能事務所のレッスン場にしようともくろむ社長――身内の中でもとりわけ図々しく危険な人物とのかかわりを、これを最後に絶つためでもあった。
※
私の名前は音羽聖歌。大学一年生だ。
父が母方の両親との同居を選んだこともあり、幼い頃は母の実家で暮らしていた。
しかし私が九歳の時に母が突然死し、私は父と共に父の実家のある町に転居した。
母方の一族は結束が固く父方の祖母も交えてひっそりと暮らしていた私たちを見つけ出すと、同じ町に住んでいる別の遠縁を使って私たちの「監視」を始めたのだった。
なぜ、一族の人間である「母」が死んだのに私たちを監視するのか。その原因は私にあった。ここで詳しく語ることは控えるが、母の実家を父と共に出たのも「私」が原因であった。
ともあれ、何かと理由をつけては接触しようとしてくる母の実家――私は「村」の人間たちと呼んでいる――を片っ端から撥ねつけかたくなに平和を守っていた私が、大学に入って二ヵ月ほど経ったあるとき、不覚にも警戒を緩めてしまうような出来事が起こった。
私がまだ「村」にいた時に可愛がっていた四つ下の子が突然、母親と共に私たちが住む町に引っ越してきたのだ。
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