2人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
タイガーセイバーが発見した巨人、すなわち機兵がこちらの接近に気づいた瞬間に、その姿を変貌させたことに対する警戒を怠った訳ではない。
両腕と頭部が変形し、犬や狼を思わせる形状の武装に覆われた姿は半獣人のようであり、目前に迫る敵と認識した相手に対し我武者羅に突撃してくる姿は、機械にあるまじき野生の獣を感じさせる様子である。
突然の豹変に反応が遅れたのは事実であり、それでも身を切らせて動きを封じて見せるという気概で立ち向かおうとしたのもまた事実だ。
しかし、己の身を危険に晒すことがどういう意味を持つのかを読み違えていたのだ。
『させない!』
『ファルカッ……!?』
今まさに傷付こうとしている兄をかばうために身を挺する。
ファルコンセイバーの行動に反応し愛称で名を呼んだ時には、既に敵が間合いを詰め終えた後だった。
獣の顎が大きく開いてファルコンセイバーの喉元を噛みついたのである。
それは、彼女自身の防御が間に合うタイミングではなかった。
『……ッ!? テメェ、離しやがれェ!!』
手遅れを痛感しつつも身体は理屈を越え、即座に行動をはじき出す。
背面から引き抜いたセイバーブーメランを曲刀のように操り、叩きつけようと振り回した一撃は妹への直撃を避けるべく僅かに軌道を逸らしていたこともあって回避され、空を切った。
しかし敵が回避行動の結果としてファルコンセイバーから離れることになったため、身体ごと割り込んで彼女を庇いながら曲刀を構え直し、追撃に対する威嚇をしながら背後に声を掛ける。
『おいファルカ、大丈夫か!?』
『だい、じょう……ぶ。わた、しは……平気、だから……!』
返事そのものには安堵を覚えつつも、雑音交じりの声色は精彩を欠き、言葉通り大丈夫ではないということを物語っていた。
が、だからと言って敵を放置してそちらに掛かり切るわけにもいかず、どうすべきかの判断を下せないまま膠着状態に陥ってしまう。
内心で焦りを覚える中、事態が動いたのは敵の様子が変化したことに起因した。
半獣人となっていた機体が痙攣するように不自然な反応をしたかと思うと、先ほど展開した獣の意匠が解放されて元の人型へと戻ったのである。
『何……!?』
状況に理解が追い付かないまま、驚愕が声として零れ落ちた。
しかし、フォルムの変更にどのような意味があるのか、何故今このタイミングで行われたのか、その必然性を解き明かす余裕が今この瞬間に与えられることはない。
何故なら、姿を変えた黒い機兵は戦闘の意思を失い、我に返ったかのようにあっさりと身を翻してその場から逃走したからである。
『なッ、ここまでやって逃げる気か!?』
離れていく背中へ怒鳴りつけながらブーメランを背中に収め、反対の手で背面ラックのセイバーバルカンを引き抜いて構えるものの、判断の遅れもあり有効射程範囲から逃れてしまった。
『くッ……! だが、今はそんな場合じゃねぇ!』
逃げられたのならこれ以上深入りすることに意味はないと、振り返った視線の先にあったのは首元をかみ砕かれ身動きの取れなくなった、ファルコンセイバーの無残な姿である。
少なくとも今は、これを差し置いて優先すべき事態などない。
『待ってろファルカ、すぐに助けるからな!』
力なく横たわる妹を励ますよう掛けた言葉に、ファルコンセイバーは言葉を返す余裕もない様子である。
その身体を抱え、ただちに帰還すべくその場を後にするのだった。
最初のコメントを投稿しよう!