エピローグ

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エピローグ

「龍之介さまがご結婚されるそうよ」 「知ってるわ。なんでも足の速さじゃなくて天女のように綺麗な女性がお好みだったみたいよ」 「違うわよ。優しい女性がお好みなのよ。小説に書いてあったでしょ?『慈愛に満ちた心根を持ち』って。その女性は結婚を約束した殿方が居たのに吉原に売られた不幸な遊女を助けたらしいじゃない」   そんな噂が随所でされるようになっていた。  嫁入り道中が行われる当日、噂をしていた町娘たちは龍之介とその花嫁の姿を一目見ようと伯爵家の前に続く一本道に群がり、嫁入り道中を待っていた。  暑くもなく寒くもなく誰もが心地良いと感じる晴れた春空の下、白無垢姿のタマは実家の前で紋付き袴を身にまとった龍之介に手を引かれながら一緒にオープンカーの後部座席に乗り込んだ。  当初は馬車に乗って伯爵邸へ向かう話が出ていたが、タマが「重い馬車を長距離引いて歩く馬が気の毒に感じる」と言ったので、時代は大正ということもありハイカラにオープンカーで向かうことになったのだ。    有名な小説の主人公である若様がついに結婚をする。しかも相手は平民の女中だという噂は華族士族平民問わず広まっており、花嫁であるタマの実家の場所もどこからともなく知れ渡り、タマと龍之介が通る道には大勢の見物人が待ち構えていた。  そしてその見物人達には『皆にも喜んで欲しい』というタマの意向もあり、倉島邸の近所のみならず、全ての人たちに嫁菓子としてキャラメルやミルクチョコやみたらし団子が振るまわれていた。    松尾家と倉島家の女中たちが道の至るところで菓子が沢山入った風呂敷を抱えて配り、かつてタマと母であるかやに団子を与えた山田屋の店主とその息子たちは道の随所で団子を焼いていた。
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