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それから私たちは、ワインを飲み、おつまみをつまみながら、佳正の愚痴に花を咲かせた。
詩織は佳正の元カノなので、私は最初のうちは言葉を選びながら話していたが、詩織は案外乗り気で、昔付き合っていた頃の愚痴をぽろぽろとこぼしてきたので、つい盛り上がってしまった。
詩織は、会うたびに自分の気持ちそっちのけで身体を求められて嫌だったことや、自分が可愛いと思って着た服を「それは詩織に似合ってない」と否定されたこと、などを話した。
それに張り合うように私も、佳正がちっとも育児に参加してくれなかったこと、そのおかげで咲良が全く佳正に懐かなかったこと、私が誘っても「仕事で疲れてるから」と言って先に寝てしまい一人で処理したこと、などなどを話した。
いつの間にこんなに愚痴を溜め込んでいたんだろうと呆れると同時に、うまくいっていたと思っていた昔の詩織と佳正にも、意外とトラブルがあったことが分かって驚いた。
高校時代の私のアドバイスがあまり役に立たなかったのかと、少し悲しい気持ちになりかけたが、今は詩織と共通の話題で盛り上がっているから、それでいいと思った。
今は何か嫌なことがあっても詩織なら聞いてくれる。
その安心感の方がはるかに勝っていた。
話し込んでいるうちに、ボトルのワインはお互いのグラスに半分ほど残っているのみとなり、おつまみとピザはほとんど無くなっていた。
かなりワインを飲んだせいか、眠くなってきた。
詩織も心なしか、うっとりとした目をしている気がする。
詩織は腕時計をチラリと見る。もうかなりの時間滞在している気がするので、そろそろお開きかと思った。
皿に残っていた一片のチーズをかじった詩織は、唐突に「あのさ」と言った。
「もし、浮気されてたらどうする?」
私の眠気が少し覚めた気がした。
「浮気なんて、そんな……」
「もしもの話だよ」
もしも、を強調して言った詩織は、私をからかうつもりではなく、十分あり得る可能性について真剣に私の話を聞いてくれるつもりのようだ。
「浮気か……」
普通なら、浮気されたら悲しい気持ちが沸き上がってきそうなものだが、どうにも私の心は動かない。
代わりに考えるのは、咲良を幸せにしてあげるために私一人で何ができるのか、咲良の教育費をどうやって工面するのかといった、咲良のことだけだ。
そして、今の私が抱えている佳正への怒りも、佳正が帰って来ないことそのものではなく、帰って来ないことにより咲良の心身の発達に悪影響が出たらどうするのか、ということに対する怒りだと分かっている。
「私は、咲良を守りたいって思うよ。咲良が幸せなら、私はそれでいい」
守るなんて言ってしまったが、子供を育てるのは簡単ではないと分かっている。しかし、それが私の本心であることは間違いない。
「それなら、いつでも私を頼って」
詩織は言った。
「お金が足りなくなったら私が払うから。お金ならたくさんあるから。それに、美咲が寂しくなったときは、私がそばにいる。飲みだって付き合うし、愚痴だって聞く。だから、美咲は私のこと、頼ってほしい」
「ありがとう、詩織」
「ううん。これくらいさせてほしいから。好きな人を助けたいと思うのは当然でしょ? それに──」
「詩織、今なんて言った?」
「好き」という言葉に反応してしまった私は、聞き返さずにはいられなかった。
詩織が私のことを好きでいてくれたら──
それは学生の頃からずっと思っていた。
その気持ちが友達としてなのか恋人としてなのかは私自身にも分からず、分からないまま大人になってしまった。
私の一方通行だと思っていた。
だから、いざ「好き」と言われると、果たしてその言葉は今の私が受け取っていいものなのか分からなくなったのだ。
詩織は「それは……」と少し言い淀んで俯く。
手に持ったワインの揺れる水面をうっとりと見つめる詩織は、暗い店の雰囲気も相まって余計に色っぽく見える。
「私は好きだよ。美咲のこと」
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