そして二人は

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家を出た時にはまだ光りがあった。けれど十一月も下旬になるとすぐに日は暮れてしまう。一度来たことのあるキャンパス内に踏み入ったときには辺りはすっかり暗くなっていた。 都合がいいかな、と柳井は覚えていた道順を一人で歩く。所々に照明はあるけれど大半の木々は闇に沈んでいる。それでも道を覚えることが得意な柳井は確実に目的地へ辿り着いた。 自分から会いには行かないという勝手な決め事を勝手に反故にした。いい加減な自分を恥ながら学舎と講堂の間にあるガレージに目をやる。 土曜日の暗くなった夕方にも活動しているのかシャッターが開いて煌々と灯がついていた。恐らく向こうからは殆ど見えていないだろうけれど、逆にこちらからは中がよく見える。 長机に座った櫻田がノートパソコンを挟んで女の子と話し込んでいる。眼鏡をかけた彼はついぞ柳井が見たことのない優しい顔で彼女とディスプレイを覗いていた。本当に櫻田なのかと疑うくらい柔らかな表情に思わず息を呑む。 髪を肩で揃えた女の子は飾り気がないけれど愛嬌のある顔立ちをしている。真面目な櫻田とはとてもお似合いに見えた。 自分と並ぶより余程、と考えて喉が詰まった。 どくん、と心臓が跳ねる。 変に動いた心臓を服の上から押さえて顔を顰める。胸が痛むほどの動悸。そして急に沸いた怖気と少し上がった呼吸。まだ痛む胸元を指先で宥めながら、そうだったんだとようやく気づく。 いつだって自分の感情には手遅れになってから気づく。 自分は櫻田のことが好きなんだなと遠くの横顔を眺めた。友愛ではなく、兄弟に対するようでもなく、隣に座る女の子にみっともなく嫉妬をする類の感情。 彼を独り占めにしたい、あの強い眼差しを自分のものにしておきたい。そんな呆れるような独占欲がそこには含まれている。 どうしていままで気づかなかったのだろうと自分の鈍さが可笑しかった。こんなに好きなのに。離れたところから一方的に見つめているだけで涙が溢れそうなほど嬉しいのに。 どうして無くしてから気づくのだろう。中途半端に鈍感な自分が恨めしかった。いっそのことずっと知らなければこんな馬鹿みたいな思いをせずに済んだのに。 あまり熱心に見つめていたからか櫻田が不意に顔を上げる。闇の中を凝らすように眇めた目が柳井と合う。 櫻田は驚いた顔をした。隣の女の子が釣られてこちらに顔を向けたので柳井は慌てて真横にあった楠の大木に隠れた。もし見つかって二人の関係を問われれば彼が困るだろうと思ったからだ。 下手に動けなくてじっとしていた。ゴツゴツとした樹皮に背中を預けてただ立っていた。 櫻田がどう思っただろうと想像するのが怖い。今更なんでと怒っているかもしれない。彼の気持ちを受け取りもせずに無かったことにしたのは柳井なのだから。 息を殺していると乾いた落ち葉を踏む音が近くでした。ひょこっと黒い猫っ毛が大木の向こうから覗く。 「どうしたんですか」
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