lesson 60

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lesson 60

"何を言い出すんだろう" 口に入っていたタルトが急に味を失くした。 「あのね、あんな仕事してるから、女性関係も派手に思われるだろうけど。私たち家族には分かる。あいつは、ちゃんと線引きしてるよ。すみれさん、心当たりあるでしょ?」 「……」 「次の日、電話かかってきて。だいぶ、凹んでたよ。見損なったって言われたって。でも、ヤってない、って。」 「でも…」 私は、もう跡が消えた首筋を指で押さえた。 "赤い跡…私たち、なにもなかったの?" なぜだか胸が締め付けられた。 「で、私が啓人の姉だって、信じてくれた?」 「はい…」 私は、あの夜のこと、誰にも話していない。かすみにさえ。でも、この人は知っていた。KEITOが話したとしか考えられない。もし、姉でなかったとしても、KEITOが信用を置いていることは分かる。 「あ~、よかった。信じてもらえなかったら、私、ただの不審者だもんね~、よかった、よかった。」 彼女はそういうと免許証と写真を片付けた。 「あの!」 「ん?なに?」 私はずっと気になっていたことを聞いてみた。 「…お姉さんは、ご存じだから…私、あの日、彼の顔、叩いてしまって…彼に、私が謝っていたとお伝え願えませんか?」 「ん?なんで?」 「え?だから、仕事上、顔を叩くとか、非常に問題なことで…」 「いや、そうじゃなくて。なんで、私が代わりに謝るの?」 「だって…」 「悪いと思うなら、自分で謝ればいいじゃない。連絡手段もあるんだし。」 「そんな…。彼は芸能人です。私は一般人です。そんな簡単には…」 「啓人は…すみれさんから、直接、言われた方が嬉しいと思うよ。」 夜、何日ぶりかにKeys-1のMVを見た。紀伊さんが言っていたとおり、音を外してしまいそうなメロディーラインや難しいリズムは、KEITOがだいたい歌っていた。 "会いたい…" そんな言葉が出た。 どんなフィルターも外して、彼のことを思ったとき、素直な気持ちがそれだった。 あのとき、私はKEITOと関係を持ってしまったと勘違いをした。寝てる間にそんなことをするなんて、と、ショックを受けて悲しくなった。 でも、悲しみの正体は、KEITOと体を重ねたことが自分の記憶にないことだった。彼とそういう関係になりたくなかったわけじゃなくて、彼との時間を大事にできなかった自分が悔しかったんだ… そう気がついた。 『こんばんは。 先日は、取り乱して、きちんと話もきかずにすみませんでした。芸能のお仕事をされていることも忘れ、大事なお顔に手を出してしまいました。申し訳ありませんでした。』 なんて返事がくるのか怖い。もしかしたら、返ってこないかもしれない。 それでも、このままではいたくないと思ったから、おもいきってメッセージを送った。仕事の取引相手だからじゃなく、一人の女性として、このままは嫌だ。
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