日常

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日常

 (夏休みか…)  高校に入学してから早3ヶ月。 私、結城 梨葉(ゆうき りは)は初めての夏を迎えようとしていた。 季節は春から夏に移り変わり、木々の葉の色も一段と緑を深めていた。 夏。 人々の気分を昂らせ、淡く濃い思い出をたくさん創ることのできる、 特別な季節。 勉強に熱を入れる人、 部活動で笑顔と共にきらきらと輝くような汗を流す人もいるだろう。 私はどちらだろう。 強いて言うならば、後者だろうか。 「……」 チャイムが鳴り、終業式の終わりを告げる。 担任の話もそこそこにSTに入っていく。 特にこれといった重要事項の連絡は無く、学園祭の事が大半だった。 「さようなら」 室長の挨拶を合図に教室が一気に騒がしくなった。 花火大会はどんな浴衣を着ていくのか、 学園祭準備はどのように進めていくのか、 やれ課題が多すぎるなど。 各々愚痴を言いつつも、これから来る夏に心躍らせ、想いを馳せているようだった。 (まあ、私には関係のないことだと思うけど…)  なぜなら、私は《犯罪者》だから。 居場所があるわけないんだから。 はしゃぐクラスメイトを横目に制服からウェアに着替え、ラケットを担ぐ。 「梨葉!今日も部活?暑いのに大変だね〜、頑張ってね〜!」 教室を出ようとしていた私に遠くから友達が声をかけてきた。 「っ…」 『ありがとう!』 そのたった5文字が出ない。 精一杯の笑顔と出せない声の代わりに片手をあげて応える。  来る(きた)夏に悲喜こもごも、いろんな想いで交錯する喧騒を抜け、 廊下へ一歩踏み出す。 窓の外の空には真っ白な入道雲が膨らんでいた。 照りつける太陽に負けじと鳴き声を張り上げる蝉たち。 左肩のそれを担ぎ直し、部室へ向かう。 「私、ここに来た意味あったのかな」 誰もいない階段を降りながら呟く。  私の通う高校は私立の女子校だ。この学校には推薦で来た。 公立の学校では体験できないような授業や、行事がある。 おしゃれでかわいい、でもどこか落ち着きと優しさを纏うそんな制服に憧れていた。 毎日学校は、楽しい。 授業は難しいけど、教えたり、教えてもらったりしてなんとかついていってる。 部活は、硬式テニス。 高校から始めたから不安も大きかったが、先輩たち、顧問の先生方、 みんな優しく教えてくれたりでとても楽しく充実してると、思う。 でもどうしてだろう。  このつまらない『日常』を飛び出して『非日常』へ行きたいなんて。 そもそも、『非日常』とは? 何を指す? それがわからないから、私はこの場で足踏みを続けているんだ。 これ以上考えていると泥沼にはまってしまいそうになる。  私は考えることをやめ、 何一つ考えることなくラケットのグリップを握るのだった。
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