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「つーかそんなに会いてぇなら通信機で直接連絡とれよ。あっ、もしかして繋がらない感じぃ? 避けられてんの? かっわいそ~う」
無関係の第三者さえ腸が煮えくり返りそうな顔をするグリアに、リンから殺意が滲み出た。
さすが魔王軍幹部を倒した男の殺意は凄まじい。
鳥肌が立つ腕を擦っていた所員らの向こうで、こちらに近付いてくる足音が二人分聞こえてきた。
「えっ、リィゼル様?」
「わ、ほんとだ~」
研究部門きっての良心の登場に、リンはぎらりと目を輝かせる。自身の強みを惜しげもなく活用し尋ねると、「まぶしっ」とケイティが目を細めた。
「教えてくれないか、マリストラ。僕はどうしても、千晶に会って話したいんだ」
ぐぅぅと唸り始めたケイティの横で、耐性があるらしいエイリがしれっと答える。
「というか、知らないの? チアキちゃん、さっき魔導隊本部に行ったはずなんだけど」
「え?」
「あっ、おい馬鹿!」
慌ててグリアが口を挟むがもう遅い。リンの顔はみるみる輝き、眩しさを増していった。
「千晶が、僕に? ふふ、そうか……やっと決心がついたんだな」
「いや、普通に書類渡しに行っただけだけど」
「ありがとう、エイリ。結婚式には最前席を用意しよう」
「気が早すぎない?」
都合の悪い部分は上手いこと聞こえないらしい。
颯爽と去っていったリンを、エイリらは呆然と見送った。
「あーあ、もうちょっと泳がせて楽しみたかったのによぉ」
後頭部で両手を組んだグリアをきっかけに、娯楽を失った所員らが解散していく。
無責任な発言を堂々と口にする上司にドン引きしつつ、ケイティは不安げにおろおろした。
「と、というか大丈夫だったのかしら。ホノムラさん、リィゼル様を避けてたんでしょ? 何かあったんじゃ」
「ううん、大丈夫じゃない?」
マイペースに返すのはエイリだ。
そりゃあなたは大丈夫と思うでしょうけど……。
残念ながら頼りにならないと判断しかけたところで、意外な一声が加わる。
「……まぁ、大丈夫だろうな」
エイリに同意したのはグリアだった。
大きな欠伸をして、目尻に滲んだ涙を拭って言う。
「見限らねぇくらいには、ホノムラのことが特別みてぇだし」
自分も特別な存在だと、そう振る舞えば見限られるだろう。
かつて千晶に対してそんなことを話していたグリアは、いつしか意見を変えていた。
ハクリの森への同行を許しただけではない。シフトを殲滅し、魔王軍の幹部を撃破してまで、千晶の弟を助けたのだ。
さすがにそこまでのことを、一時の感情で成し遂げられるはずもない。
思い返せば千晶がここで働いているのだって、普通に考えれば不自然だ。恐らくはリンが裏で手を引いていたのだろう。
前言撤回。ホノムラ、お前は見限られねぇよ。でもたぶん逃げた方がいい。
数日前にそう話したとき、千晶が何と答えたのか、グリアは覚えている。
『に、逃げられますかね』
その顔が満更でもなかったことも、覚えていた。
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