序 人狼の兄弟

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

序 人狼の兄弟

 アセンとシオンは人狼の兄弟だった。  父からは、もうこの一族はお前たち二人だけだ、と、死に際に言われた。  人間の女との子供は望めないとも言われた。兄弟は人間の姿にもなれる為、最初は意味が分からなかった。しかし、夜、野生の本能が強まると、手近の生き物を襲ってしまう為、兄弟は、何度となく、愛する女性を自らの牙で殺してしまっていた。父の言った事はこういう事かと、二人はそうなってから気が付いた。  そしてまた、弟のシオンの目の前に、首から血を流し息絶えた女性の体が横たわっている。  夜、人気のない公園に駆け付けたアセンは、暗闇の中、ベンチの近くで立ち尽くしている弟を見つけた。公園に入る前から血の匂いがしていた。  弟は上半身は裸で、口の周りが血だらけだった。現実が信じられず呆然としている。またやってしまったのだ。 「兄さん・・」  シオンは、涙を流して兄を見た。  アセンは、いたたまれず、弟を抱きしめる。 「僕、僕は・・っ」 「何も言うな。仕方がない」  シオンは声を上げて泣いた。 「死にたい・・。もう死にたいよ・・」 「俺をたった一人にする気か?」 「兄さん・・・」  この一族には、人の記憶を操作する力があった。  アセンは、シオンが愛する女性を自分で殺したという記憶を消していた。そして、シオンには兄に記憶を消されたという自覚は当然無かった。  この為、シオンは絶望することなく生きる事が出来たが、記憶がない為、兄の警告に従わず同じ過ちを繰り返すというジレンマに陥っていた。  シオンは、見た目は十代だが、50年は生きていた。人狼の中ではまだ若く、性欲を抑える事が出来なかった。絶滅の危機にある人狼族の最後の若者が、危険を冒しても種族の近い人間の女性を求めるのは、ある意味必然でもある。  兄は、考えた。  シオンは最後の希望だ。シオンなら一族を残すことが出来るかも知れない。だが先に生まれた俺の方が先に死ぬことは十分考えられる。一人残されるシオンの絶望を誰が救うのか。何か手を打たなければならない。  アセンは、記憶を操作する能力を使って、人間の科学者を操り、人狼の本能を抑える薬を作らせる事にした。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!