第1話 これで私もドラゴンスレイヤー

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第1話 これで私もドラゴンスレイヤー

「来るぞ! 次はガスブレスだ!」 「《(フォートレス)》!」  バン!――アリアの掛け声で衝撃音ととともに地母神の神殿で見られるような模様が光となって俺たちの周りを囲む。鎌首をもたげた目の前の巨大な緑色の怪物は、鼻から黄色い煙を撒き散らした。たちまち一帯は煙の海のようになり、あらゆる生物に死をもたらしていく。 「うぐぅ……」  壁に阻まれていて直接の被害はないとはいえ、僅かに臭いが漏れ入ってくる。――これは漂白剤の臭いだな。混ぜるな危険ってやつだわ死ぬわ。  魔法的な力のためか煙は短時間で霧散していくようだが、その間にも緑色の怪物は壁に向かって噛みつき、殴りかかってくる。怪物の姿が間近でよく見える。  以前の世界でも伝説で語り継がれる(ドラゴン)というやつだ。その姿は恐竜の復元図のような生易しいものではなく、腕とは別の翼があり、刺々しい鱗で覆われ、頭には幾本もの角、生物の進化とはまるでかけ離れた醜悪な牙、そしてその巨体にもかかわらずしなやかな猫のような俊敏さを持つ怪物だった。  その怪物の一撃一撃をいなし、確実に鱗を削り取っていく我らが《陽光の泉(ひだまり)》のパーティメンバーも今や怪物といえる祝福を得ている。  ◇◇◇◇◇  最前面に駆け出し輝く剣を振るう、長い金髪をまとめ上げた長身の彼女はキリカデール。成人したばかりの彼女だが、剣聖の祝福を得て近接戦では敵なしの破壊力を得た。しかしその彼女でも魔法の力の篭る竜の鱗は容易には貫けない。加えて図体の大きさはそれだけで暴力となり、たやすく懐には入らせてはもらえない。躱すことはできても軽装の彼女は一撃を貰うと致命的だ。  その暴力を止める盾は二枚。一枚はこの俺。今回は大型の矢避けの盾だけを持ちキリカを守る。攻撃を受けるたびに地面へ突き立てて斜めに力を逸らしている。腕力だけならそうそう引けを取らないが、祝福がないために上手く装備を使わなければ軽い体は弾かれてしまう。拾い集めた竜の鱗を盾に縫い留めていなければ、盾自体も貫かれていたことだろう。  盾のもう一枚は赤髪の少女アリア。普段なら俊足の剣で舞うように戦う彼女だが、今回は聖騎士の力を発揮し、何物をも寄せ付けぬ壁に徹している。彼女の盾は祝福の力で竜の一撃でさえ踏みとどまることができるが、竜は小さな人間など容易に飛び越えることができる俊敏さを持つ。そこを《砦》の力で無敵の壁を作り、攻撃の要であるルシャへの接敵を阻む。  亜麻色の髪の彼女はルシャ。複合弓を手に聖女の力を放つ。多重の祝福を得たその輝く矢は弧を描いてアリアの《砦》を迂回し、竜に確実に命中する。重量こそ小さいものの、砲弾のような一撃は火花を散らし、鉄より硬い竜の鱗を剝ぐだけでなく体勢も崩している。  三角帽子はリメメルン。いつの間にか変な青い色の髪に染めてるが、優秀な魔術師だ。普段なら範囲魔法しか使わない彼女が、《加速(ヘイスト)》の魔法を味方に配りつつ、《遅緩(スロー)》の魔法で竜の動きを阻害し、《力場(フォースフィールド)》の魔法で前線の隙を埋めて危なげない戦況を作り出している。  ◇◇◇◇◇  ルシャの矢とリーメの魔法で翼は力を失っている。竜はその巨大な顎による噛みつき、両腕の爪での切り裂きや掴みかかり、長い尾を振りまわす薙ぎ払い、時には体を浮かせての後ろ脚での蹴りつけや圧し掛かり、そして2種類の《竜の吐息(ドラゴンブレス)》を駆使して襲い掛かってくるが……。 「もうすぐファイアーブレスのクールダウンが終わるぞ!」  俺は皆に集まれるように指示を出す。――そう、俺の《鑑定》の能力はなぜかドラゴンの全ての攻撃の先触れが表示され、竜の吐息を出せるようになるタイミングから回数まで全てがわかってしまうのだ。ゲームのUIのように表示されるそれに依って俺は仲間に的確な指示を送ることができる。これは『強敵』と認識した相手との戦闘ではたびたび発現されていた。以前の世界でならこう言っていただろう――ハァ? チートツール使うなや! ――と。  アリアはオレの指示に合わせて再び《砦》を発動させる。竜の吐き出す業火は壁で遮られ左右に分かれ、地面を焼き焦がす。やがて炎の勢いは弱まり、黒煙がくすぶるだけとなる。 「これでブレスは最後だ! あとはそのまま左腕に集中してくれ。そこがいちばん弱い」  そう。最初から勝負は見えていた。相手の攻撃をいなすだけの十分な防御があれば、あとは正確に対応し、脆い部分を削りきっていくだけ。  アリアはもともと体力があったが、防御の要なので力を温存してもらい、リーメがサポートしつつ疲労耐性のあるキリカに主に動いてもらう。基礎能力だけは高い俺は能動的にキリカを守り、十分な矢のストックを準備したルシャが削る。《輝きの手》で疲労を回復させ、《治癒の祈り》で負傷と状態異常を回復できるバックアップ付きだ。  ◇◇◇◇◇  やがて竜の左腕の鱗を削りきり、キリカが斬り飛ばす。バランスと防御を欠いた竜は、それまでより速いペースで首の鱗を失い、ついにキリカによって刎ね飛ばされたのだ。 「やったわ! これで私も《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》ね!」  キリカが動かなくなった竜の頭に聖剣を突き立て、ゆるい勝鬨をあげる。キリカはこういう栄誉的なものが好きだ。誰かに言われたいわけではない。自分でカッコイイと思えればいいっぽい。 「おめでとう、キリカ」  しょうがない妹ねとでも言いたげなアリアが困り気味の笑顔で祝う。 「キリカさん、おめでとうございます!」  お前がいちばん派手に削ってたじゃねえか。ルシャが素直な喜びを向けている。 「……お前は今回すごかったよ、マジで」  俺はというと、珍しく縁の下の力持ちを演じきったリーメに言う。ふふん――と彼女は得意顔だ。 「ちょっと! ノリが悪いわね。ちゃんと祝いなさいよ!」 「俺はもともと陰キャだからノリが悪いんだよ」 「お姫様のキスくらいあってもいいでしょうが!」 「誰がお姫様だ誰が!」  皆が笑いあう。キリカはときどきこういう扱いをして揶揄ってくるので困り者だ。そして俺は笑いものにされる。――だけどアリアが笑ってくれる。それだけでいい。
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