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マルはいなくなってしまう前に、一度だけ、201号室を訪ねてきてくれたことがある。
おじいちゃんという人と手をつないで、わたしに会いにきてくれた。
わたしを見上げるマルは、ベランダで初めて見たときより顔色がよくて、想像していたよりずっと小さな男の子だった。
「マル……わたし、ごめんなさい。マルに気付いてあげられるのは、わたししかいなかったのに。ずっと、マルはイマジナリーなんだって思い込もうとしてた。それがわたしにとって都合がよかったから。マルにたくさん酷いこと言った」
「ツグミちゃんは悪くないよ」
「マルはいっつもそう言うね」
「そうだツグミちゃん。ぼく、さっきこれをつかまえたんだ」
小さな手の中には、ふわふわの綿毛があった。
「ツグミちゃんにあげる」
わたしはマルと綿毛を見比べた。
「マルが見つけたんでしょ。マルが幸せになればいい。わたしはいいよ」
「これはツグミちゃんが持ってて。そしたら、ぼくをなかったことになんかできないでしょ」
綿毛と、マルの汗ばんだ手が触れる。
「わかった。あのねマル、もしマルが許してくれるなら。今度はわたしが、もっとたくさん。両手いっぱいフワフワさんを持って、会いに行くから」
マルの笑う顔を、初めて見た。
わたしは人生の中で、いちばん大切な約束をした気がした。
ベランダのマルはいなくなってしまうけど、わたしはマルを忘れない。いつかまた「ツグミちゃん」と呼ぶ声を聞くためなら、どんなことでも頑張れる。
夏休みあけ、わたしは先生に宿題の絵日記を提出した。
絵日記には、夏空と朝顔と、小さな男の子が笑っていた。
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