夏の思い出

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夏の思い出

『夏の思い出を絵日記にしましょう』 わたしが通う小学校で、必ず出る夏休みの宿題。 そう言われたって、ツイてないことばかりのわたしに、絵日記に書けるような思い出なんかあるわけない。 例えば、学校の帰り道、地面に転がっていたセミを踏んでしまって、驚いたセミが最期の力をふりしぼって羽根をばたつかせてわたしの顔面にぶつかってきたこととか。 自動販売機で買った缶ジュースを坂道で落っことして転がして、拾い上げた缶を開けたら冷たい炭酸がしゅわああっと飛び出して、お気に入りのワンピースを汚してしまったこととか。 日曜日に家族で海へ行くことになって、久しぶりの遠出をすごく楽しみにしていて、車の渋滞に巻き込まれながらもなんとかたどり着いたのに、突然の豪雨と雷にみまわれて結局アイスだけ買って帰ってきたこととか。 小学三年生のわたしは、たぶん、他の子よりちょっとだけ運が悪い。 くわえて、なんだか間が抜けている。 だからなのか、クラスメイトに負けないようなきらきらした夏の思い出を書こうとしても、首を捻ってしまうのだけど。 ひとつだけ。 たったひとつだけ、誰に伝わらなくてもいい、本当に大切にしたい思い出がある。 わたしの友だち。 ベランダのマル。 わたしの友だちは、ベランダにいた。
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