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楽しい推し活をみんなで
「ちょっとそこのあなた!」
騎士団の鍛錬場から少し離れた木陰で、突然後ろから呼び止められた。この場には私しかいないから、私を呼んでいるのは間違いない。
振り返るときれいなドレスを纏ったご令嬢が三人、私を睨みつけて立っていた。
「はい、何でしょう?」
とか聞きながら、実は用件は何となく見当がついている。
「貴女最近、ここに出入りしているけれど一体何のつもりなの!?」
はい来た。やっぱりね。
私が騎士団の詰め所に出入りしているのをいつも三人が見ていたのは知っている。今日は我慢の限界と言ったところなのだろう。
「知り合いのコネを使って出入りしている、ただの平民ですケド」
「貴女、平民の癖になんなのその開き直った口ぶりは!」
「お姉さま方と同じです」
「お、おねえさま……?」
「お姉さま方もイヴァンさまを愛でに来たんですよね?」
「なっ、何を……愛でるとは何て失礼な! 平民の癖に!」
「あの美しいお姿をこの目に焼き付けたい、ていうか描き留めたい、ただそれだけです!」
「何を堂々と……」
「私は静かに鍛錬を見守りたいだけですから! 推しであるイヴァンさまの視界に入らないよう細心の注意を払いつつでもこの目にしっかりとあの隊服に隠された美しい肉体を目に焼き付け決して声を上げることなく心の内で声援を送り今日も満足して帰路についているだけです!」
「は、はや……」
「ちょっと何言ってるのかわからないわ」
「そんな言葉が信じられるとでも!?」
「カタリーナ様、聞き取れたんですの?」
「信じてもらうしかありません」
「いつもその手に持っている籠に何かを詰めて入って行っているでしょう! 平民の癖に差し出がましくてよ!」
「それは知り合いに渡す袖の下です!」
「そ、そで……?」
「はい! 知り合いが好きな食べ物で釣って入れてもらっているだけですので心配ご無用です! お姉さま!」
「ちょっと貴女、カタリーナ様にお姉様とか馴れ馴れしいわよ!」
「お姉さまって本当に物語に出てくるようなとっても可憐できれいな方ですね!」
「え? あ、あら、まあそうね」
「私みたいな眼鏡がイヴァンさまにお近づきになろうとする訳ないじゃありませんか! 私なんかよりお姉さまの方がよほどお似合いです!」
「当たり前じゃないの!」
「ですからご安心ください! 私は無害です!」
「そういう話じゃないわ!」
「え?」
じゃあどんな話だろう。
ここまで下心はないと言っているのに、まだ何かある?
「平民の癖に生意気だって言ってるのよ!」
「愛でるのが?」
「め、愛でるとか何を言って……」
「だって、凄く美しいと思いませんか!? あの優し気な雰囲気、甘い笑顔、透き通る春の空のような薄水色の瞳にピンクブロンド、王子様のような佇まいに加え背も高く鍛え上げられた肉体はしなやかでまるで人外の美しさなのに汗を拭う時にシャツをグイっと持ち上げてちらりと見える割れた腹筋に生々しいオス味が感じられて最高に素晴らしいんですよ!」
「ちょっと! はあはあ言うのやめなさいよ気持ち悪いわね!」
「ほんとに何言ってるのか分からないわ!」
「イヴァン様をそんなふしだらな目で見ているなんて、やはりお前は許せないわ!」
「カタリーナ様、本当に聞き取れているんですのね」
「お姉さま方も同じでは?」
「違うわよ! 一緒にしないで頂戴!!」
「えー、違うんですか」
「私たちはね、イヴァン様に近付いて媚薬入りの差し入れやら甘ったるい匂いをつけて近付こうとする不敬な輩を排除したいのよ!」
「か、カタリーナ様、そんな風にはっきり言ってはあまりよろしくないのでは……」
「それは私にも協力させてください!」
「はあ? 誰があなたなんか……」
「私も常々イヴァン様の周囲をうろつく輩をどうにかしたいと思っていました! 騎士という崇高な職に就き日々鍛錬を怠らないそんな推しの姿を遠くからじっと見つめ守り支えたいと思っている私としては甘い匂いと黄色い声で絡みつくようにイヴァン様の行く手を阻む輩は許すまじと思っているのです!」
「輩って」
「ねえ、おしってなに?」
「貴女は違うというの!?」
「違います! 全然違います一緒にしないでください!」
「ふん、口では何とでも言えるわ。現に詰め所に出入りしているあなたがそんな事を言っても説得力がないのよ」
「では一緒に行きませんか」
「「「え?」」」
「お一人だけですけど」
「ひ、ひとり……」
「だって急に人数増えたら怪しいじゃありませんか。だから一人」
「そ、そんなの」
「私たち、別に中に入りたくて貴女に意見してるのではないのよ!」
「私が行くわ!」
「か、カタリーナ様!?」
「私がこの目で貴女が本当に疑わしい行動を起こしていないか確認するわ!」
「か、カタリーナ様、危険ですわ! 私が代わりに……」
「いいえ! これもイヴァン様の御身をお守りするためですもの、何も恐ろしいことなどなくてよ!」
「あ、じゃあお近付のしるしにこれ差し上げます」
「こ、これは……!」
「今日のイヴァンさまです」
「貴女が描いたの!?」
「まあ、なんて麗しい……」
「すごいわ、私にも見せて!」
「私、絵が得意なんです。よかったら他のお姉さま方にも差し上げますよ」
「本当に!?」
「はい。じゃあえっと、カタリーナ様? 明日ここでお昼に落ち合いましょう。あ、服はそんなドレスじゃなくて平民の服で来てくださいね。私の友人に貴族の方がいるなんておかしいですから」
「え! せっかくイヴァン様にお会いできるのに……」
「カタリーナ様!? お会いするのではないでしょう!?」
「そっ、そうよ当たり前じゃない!」
「平民の服で! ぜんっぜん目立たないように! 気を付けてくださいね!」
「ちょっと貴女、何か棘があるわよ!」
私はスカートを持ち上げて膝を折る貴族の挨拶の真似をしてみた。
「ではお姉さま方、ごきげんよう」
「ま、待ちなさい!」
カタリーナ様と呼ばれるお姉さまにキッと睨まれた。えー、まだ何かあるの? とかは顔に出さず、にっこりとはい、と返事をする。
「貴女、名前は!?」
可愛らしい顔を赤くして、カタリーナ様は私に名前を聞いてきた。うわ凄い、貴族のご令嬢に名前を聞かれたわ!
「ユイです!」
こうしてイヴァン様を愛でる仲間を見つけて嬉しくなった私は、うきうきで騎士団の鍛錬場を後にした。
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