秘密基地の約束。

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 秘密基地から出ると、しばらくしてチャイムの音とお母さんの声が響く。呼ばれるまま玄関に行くと、お母さんは知らない女の人と話していた。 「ひーくん、ご近所に引っ越してきた向井さんよ。週明けから娘さんがひーくんと同じ学校に通うんですって。ほら、ご挨拶して」 「……こんにちは」  そういえば、この間引っ越しの車を見た気がする。あれはちょうど、お菓子が消え始めた頃だ。 「愛想が悪くてすみません。息子の紘斗です。満莉ちゃんと同じ五年生で……って、ひーくん、また頭に埃つけて! もう、こんな格好でごめんなさいね。うちの子、何故かベッドの下に潜るのが好きで……」 「あらやだ、うちの満莉もなんですよ。女の子なのに、いくら言っても聞かなくて……」 「そうなんですか? ふふ。こんなのうちの子くらいかと思って心配してたんですけど……子供って、狭い所に入りたがるものなんですかね」  男の子なのに女の子なのにと話すお母さんたちの後ろから、僕たちはそっと顔を出す。そしてお互いに、見覚えのある甘い香りのする袖へと視線を向けた。 「……僕の漫画、返せよ」 「……」 「女子でも、あの少年漫画、面白かったか?」 「うん……うちじゃ、ああいうの買ってもらえないから」 「そっか。……さっきのアメ、美味しかったからさ。またくれたら、続き貸す」 「……本当?」 「ん……この間のクッキーも、また持ってく」 「……! うん! あと……わたしの好きな絵本、読む?」  一人で誰にも邪魔されずに、好きに過ごす秘密基地もいいけれど。きっと、こんな風に時々お互いの好きを貸し借りするのも悪くない。 「絵本? ……うん。おすすめなら、読んでみたい」 「本当に? お母さんには子供っぽいって言われるんだけど……でも、わたしの大好きな絵本なの」 「そっか……お母さんのことなんて、気にしなくていいじゃん。あそこは、自分だけの秘密基地だもんな!」 「……うん!」  思わず声が大きくなって、はっとした彼女はクリームの甘い香りの残るレースの袖を口許にやり、人差し指を立てる。  そして聞き慣れた小さな声で、くすくすと嬉しそうに笑って頷いた。  こうして似た者同士な僕たちは、大人たちには聞こえないようにこっそりと、それぞれの秘密基地で僕たちだけの『好き』を持ち寄る、内緒の約束をしたのだった。
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