貴方を殺して有名になりたい

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村井刑事は「はーあ、やれやれ」と唸りながら肩をぐるりと回し、携帯電話を上着の内側に仕舞った。 田口はゆっくりと立ち上がって、拳銃を村井の右のこめかみに押し当てた。 「マツダに脅迫状を送りつけて殺したのは俺じゃない。おまえだよ、おまえなんだよ村井」 村井刑事が振り返ろうとしたのと、田口が引き金を引いたのが、完全に同時だった。 「御膳立ては抜かりなくやっておく。だから、心配するなよ、村井」 村井の代わりに返事をするかのように、何処かの遠くでカラスが鳴いた。 田口は、村井刑事の死体を探って、手帳とボールペンを奪った。 筆跡鑑定を逃れるため、左手を使って書いて、村井の遺書をでっち上げた。ギルドのマツダの熱狂的なファンであったことを告白し、マツダに対する憧れが高じて遂に誘拐して殺害にまで至ったことをもっともらしく書いた。実際にマツダを誘拐したのは村井刑事なのだ。警察は村井の手帳の遺書の不自然さに当初は困惑させられるだろうが、捜査が進むに連れて村井刑事の犯罪行為が次から次へと明らかになって騒然となることだろう。だがそのときにはもう、田口は用心のために名前を変えて、遠い何処かに雲隠れをしている。 指紋を拭き取ったチャーターアームズ・アンダーカバー三十八口径を村井刑事の手に握らせた。村井の手に握らせたまま、壁に向けて一発撃ち込んだ。発砲に伴って発生する化学物質が村井刑事の右腕に付着した。これでチャーターアームズ・アンダーカバーでギルドのマツダを殺害したのは村井刑事ということになった。田口は潔白を勝ち取った。 ぐずぐずしている暇はない。やがて警察の応援が駆けつけて来る。ここが市街地からだいぶ離れた山間部だからと言って、応援が駆けつけるまで一時間以上を要することはいくらなんでもあり得ないはずだ。 三十分から三十五分、と田口は見た。 落とし物や忘れ物がないことを、何度も何度もくどいぐらいに確かめ、自分がこの場所を訪れた痕跡をすべて消し去って、田口は夕闇に紛れて逃走した。 現職警官である村井刑事のショッキングな犯行が、テレビや新聞、そしてインターネット空間を騒然とさせている頃、田口春生は本名を隠し、関西の建設作業現場に日雇い作業員として雇われ、日焼けした肌に汗を浮かべながら猫車を押していた。猫車には砂利が満載してある。田口は体力には自信があった。 「兄ちゃん兄ちゃん。一緒に一服せえへんか」 先輩の作業員が、煙草を吸う仕草をしてみせた。田口は、日焼けした顔に穏やかな笑みを浮かべながら、静かに、そしてにこやかに頷いた。 了
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