1池田屋事変(吉田稔麿)

1/2
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ

1池田屋事変(吉田稔麿)

   時は幕末。 世は乱れに乱れていた。 1864年6月5日。 京の池田屋にて。 「御用改である!!」 新選組局長近藤勇の野太い声が響き渡る。 明治維新を早めたとも遅くさせたとも言われた悲劇が、華々しい成功劇が、幕を開けた。 しばらくして、池田屋の二階から、一人の男が脱出した。 男の名は「吉田稔麿」 かの有名な松下村塾で吉田松陰を師とし、高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一とともに松門四天王とまで称された秀才だ。 吉田は長州藩邸で戻ってゆく。 入ると同時に師、松蔭と懇意にしていた桂小五郎の部屋へ走る。 開けると同時に叫んだ 「か、桂さん、池田屋が、会合場所の、はぁはっはぁ壬生狼に、新選組に、 襲撃され、た、応え、んを要請とのこと。はぁ」 途切れ途切れに報告する吉田。 上座から不謹慎なくらい整った容姿で眉間にしわを寄せた桂は一言。 「ならん」 「なぜっ」 「…」 だまったままにらむ桂。 「同志を見捨てろと!」 「…」 なおも黙秘する桂。 いくら普段冷静な吉田もキレる。 「もういい。 そうやって桂さんは、仲間を見捨てれば。 取り返しのつかない事になる前に、俺は戻ります。」 踵を返し障子に手をかけた吉田に向かって桂はようやく口を開いた。 「死ぬなよ。 必ずもどれ。いいな。 まだお前は長州に必要だ。」 吉田は桂の方を一瞥すると、微かにうなずいた、ように見えた。 閉まる障子とともに訪れる静寂。 「頼む。稔麿、頼むから逝くな。」 上司としてではなく、同志として。何より家族として、親としての桂の本音だった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!