私のフォーマルハウト

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深雪が言うには、須藤環菜は実行犯たちを残して1人でさっさと逃げたらしい。 吉岡くんが助けに来なかったら、どうなっていたんだろう。 またあんなことされたら…と思うと、今になって震えがくる。 悪ノリなのか本気なのかわからないのが、彼女の怖いところだ。 倒れたと聞いて、心配した母親の華絵が車で迎えにきた。 車内で、倒れた理由を根掘り葉掘り聞かれて。観念した渓は何が起こったかを正直に話すことにした。 話し終えると、 「……そこまでやる? 犯罪だよ」 華絵は絶句している。  「……」 「あのな」 「?」 「辛かったら無理に話さなくていい…。小4の夏祭りのとき、本当は何があったか聞いてもええか?」 「……え」 「今なら話せる? 何もなかったなら無理に聞き出すのはよくないって、そのまま忘れさせてあげなさいって……専門家が言うもんだから。渓が言いだすまで待とうって思ってな。でも、ずっと辛そうで」 (専門家にまで相談してたの?) 「……」 「他の2人に比べて、渓はしっかりしとるから…って安心してたんよ。それが…目を離した隙に……ごめんな。謝って済むことじゃないけど」 華絵の目に涙が浮かぶ。 (…お母さん) こんなにも考えてくれてたんだ。 「また今度ゆっくり話す」 「今回のことは、被害届出そう」 「……う…ん」 「毎日送り迎えするし」 「いいよ、そこまでしなくて」 「駄目だよ。それくらいはさせて。もう二度と渓を辛い目に合わせたくないから」 渓は(大丈夫なのに)と思いつつ、心配してくれるのが嬉しく面映ゆくなる。 それに……夏祭りのときのこと、今ならきちんと話せる気がする。 さっきのことだって話せたんだから。もう8年以上経っているのだから、あいつが家族みんなを殺しにくるなんてことは絶対できない。 …固い蓋をこじあけて話するときが、ようやくきたのかもしれない。 「……あっ。車とめて」 渓が声を出す。 「どうした?」 「あれ、フォーマルハウトじゃない?」 2人で車から出る。 ちょうど公園だったので、周りに高い建物はなく、夜空が見やすい。 「あれだと思うんだけど。小さくて…よく見えない」 「わかりにくいんだよね、秋の星は」 「……」 「……」 「でも…見えないからって、空にないわけじゃない。フォーマルハウトでもそうでなくても、星は見守ってくれとるよ」 華絵は、感慨深げに夜空を見上げた。 …誰かを思い出しているのかもしれない。 翌日は振替休日だった。 翌々日、深雪をまじえて環菜を呼び出し、清センと話し合いをするつもりでいたが。須藤環菜は病欠でしばらく休みをとる…ということで出鼻をくじかれた。 そして山センの、数学の授業…。 山センは授業中、ずっとマスクをしていた。 風邪をひいてるのか話しにくそうだ。 ときおり、痛そうに顔を歪めている。 渓のほうは一切見ず、授業後は他の生徒が「山セーン」と寄って質問しようとするのを、片手で制止して教室を出ていく。 (なんだか、いつもと様子が違う…) 歩き方も少し不自然な気がするし…。 渓はそっと廊下に出て、 「……」 …目で追う。 山センは長い廊下をまっすぐに歩いていき、小さい後ろ姿になって、第2校舎の中へと消えていった。
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