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 せめて身体を鍛えて筋肉つけたいから頑張ってて、一応それなりにマッチョだけど、それにも限界があるわけで。 「今日回った所は、そろそろお前に任せるからな」  勢いよくアイスコーヒーを飲みかけていた俺は、あわててごくりとコーヒーを飲みこみ、部長を見上げた。胸がつっかえたような気がして、思わず胸元をさする。 「なんだ、不安か? お前なら大丈夫だろ、人当たりもいいしな」  コーヒーを半分ぐらい飲んだ部長は、やれやれやっと落ち着いたわ、という顔で椅子にもたれる。  取引先との部長の話しぶりからして、そんな感じはしてたけど。油断してたとこにさらっと言われたら、さすがにドキッとすんだろ。 「よく先方の話聞いて、うまいことやれ。お前は営業向きだから、自信持て」  雑なアドバイスに、半分愛想笑いでうなずいた。そりゃもちろん、好きで営業選んだわけだし、バリバリやってやろうとは思ってる。チビで、見てくれもよくなくて、親戚の中では一番デキがよくない俺でも、仕事では結果を出せるんだってとこを見せつけてやりたい。 「こんだけ暑いと、会社にシャワー室でも欲しいよなあ」  しばらく雑談しながらコーヒーを飲み、最後に氷だけになったコップの溶けた水まで飲み干して、部長が言う。そろそろ、涼しいここから出たくないけど会社に帰らなきゃな。 「年々暑くなってますからね」 「でもお前が俺の年になる頃には、外回りって仕事自体しなくてよくなってるかも知れねえな」  そんなたわいない話をしながら店を出ると、こころなしかさっきより日射しは弱くなってた。それでも、涼しい店内で冷えた身体にたちまち熱気が絡みついて、信号待ちでまた汗が出てくる。  俺の勤める会社、株式会社スター文具はここから徒歩数分、横断歩道を渡って路地に入った所にある。創業者が星さんだからスター文具って単純なネーミングで、創業百年超え。大企業じゃないし地味かも知れないけど、商品名を言えばだいたいの人が分かってくれる定番商品がある。そんな会社だから、本社は昭和に建てられて、そろそろ建て替えか移転かなんて話もある、古くて小さなビルだ。地下一階、地上五階建てで、一階は駐車場とエントランス、二階に営業部。隣は広報部だ。
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