5.

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その後、カフェで待っていると葵陽から電話が来て到着したので駅の交差点まで来てくれと返答してきた。店の外に出て人混みを抜けて行くと表通りの路側帯に彼の車を見つけ、ドアが開くとすぐに乗って、どこまで行こうかと話していると横浜港まで行きたいと告げた。 そこから四十分ほどかけて大さん橋の客船ターミナルの桟橋までやって来ると、日曜の夕方ということもあり人がまばらにいて海を眺めていた。風が強く吹いている分空の雲の流れが速く、夕陽も二人を滲ませるように解けながら地平の向こうに沈んでいった。 宵の星が微かに見えてきた頃、風も収まり、周りの人影もいなくなり二人きりの景色が広がるようだった。「あのさ」と間合いがずれて二人が同時に話しかけると、葵陽はツジリから優先に話すように伝え、彼女は相談所にはまだ通うつもりなのかと訊いてきた。 「しばらく、やめておこうと考えている」 「八人目はキツイい?」 「近くに実家に行こうと思ってさ、その時に今回の人にフラれたから自分の考える時間をくれってちゃんと伝えようと思って」 「そう……」 「なんかさっきからそっちも浮ついた感じだな。お前も彼氏にでもフラれたのか?」 「いないっていってるじゃん。まあ……好きな人はいるよ」 「お?マジか?誰だよ、会社の人?」 「会社といえば会社だね」 「誰だろう、あまり思いつかないけどな……まさか深見さんか?」 「なるわけないじゃん。あの人はちゃんと家庭を持って大事にしている人なんだし、変に(あお)ってこないでよ」 「煽ってなんかいないよ。誰?教えて?」 するとツジリは葵陽の腕をスマートフォンで押し突いてきた。 「は?俺か?」 「……そうだよ。なんか文句ある?」 「俺らはとっくに終わっただろう。なんだよ今更」 「私は真剣に葵陽とやり直しがしたいの。以前とは違うしそっちも……優しくなったというか」 「高校生じゃあるまいし出会った時のようなあの時みたいなときめきでも欲しているのか?」 「ときめきよりかは安定が欲しい。今回の案件で一緒に回っている時にまた一緒になれたら、喧嘩もしないようにするから……考えてくれない?」 「お前も、一人が怖いか?」 「そうよ、怖い。いつも家に帰って一人分のご飯作って誰とも共有しないでお酒も飲んでいるのが堪らなく辛いんだ。時々寝ている間に葵陽が隣にいてくれたら安心して寝られるのになって考えることがよくあるの」 「そう言われると……前より硬派なその神経も柔らかくなったな」 「そうよ、女として優しく居たいからずっとその意識もしてきた。なのに、そっちは何にも気づいてくれない」 「それなら遠回しにしてこないで初めからやり直ししたいって素直に言えよ」 ツジリは彼を細目で睨みつけた。蛇にでもなったつもりかと問うと目を潤ませて彼の顔をじっと見つめてきた。 「俺さ、自分もツジリに改めて謝ってやり直しが効くかなって考えていたんだよ」 「復縁したいって?」 「ああ。昔は離婚寸前までこっちよりも強気な態度が仇になっていたからさ、五年経ってまた会えて本当にやり直しできるかと毎日考えていた。俺だって……お前を忘れた事はないよ」 「それだけ爪痕が強かったってこと?」 「そうだ。誰よりも良い女を手放したことを後悔し続けてきていた」 「それ、信じていい?」 「ああ。俺も絶えずお前の在り方を痛感してきていた。傍にいて欲しい……」 葵陽はツジリの髪を触れて頬に手を当てると彼女は彼に思いきり飛び込むように身体を抱き締めた。彼も彼女の背中に腕を回して抱き寄せると更に彼女もきつく力を入れてきたので、痛いと言うと笑って彼の顔を見た。 「剛腕だな」 「一番好きな誉め言葉よ」 二人は額を合わせながら見つめ合い唇にキスをした。 「誰か来そうだ」 「来ても無視しよう」 再びキスを交わして今の二人を織りなすように心を絡めながら愛欲を見せ合っていった。ほの温かい葵陽の体熱にツジリは思いの丈を噛みしめて彼を感じていた。 一ヶ月が経ち各書店などに雑誌の新刊号が並んでいくと、手に取り読んでは購入する人たちも上々に目立つようになっていった。柳の輪出版社では今日も次号の企画に向けて入念にミーティングを行い担当を持つ社員それぞれが忙しく勤しんでいる。葵陽が取材先から会社に戻り深見と打ち合わせした後、昼食でも取りに行こうと誘われたので一駅隣の定食屋に来て二人で食事を摂っていた。 「企画のやつだいぶ好評だぞ。メールに問い合わせが結構来てさ、今度個人で取材を受けてみたいっていう声が来てる。良かったな」 「手ごたえのある企画でした。その人たちの最後っていうテーマって重たいイメージも多いですけど、僕らにとってはいい仕事したなって」 「いい仕事はこれから幾らでもあるから、もっと楽しんで良いもの掴んでこいよ」 「はい」 食事を済ませて店を出て、通り沿いを歩いていると、とある和菓子屋の前を通りかかったので葵陽が立ち止まると深見が彼にどうしたと尋ねてみると、醬油の香ばしい香りが引き立つ新発売と書かれた揚げもちが目に留まった。 「深見さん。あのう……」 「わかったよ。中に入って買ってこい」 「はい!」 葵陽が笑顔で店内に入り社員の人数分の揚げもちや和菓子を購入すると深見が呆れて、本当に好きなんだなと笑って返していた。 「そうそう。矢貫、ツジリちゃんと復縁したって?」 「誰から聞いたんですか?」 「本人。籍はまだ決めていないけど相棒として再結成しますって言ってた。良かったじゃないか」 「あいつ……口軽いやつだったかな……」 「守ってやれよ」 「え?」 「過去に守れなかった分、彼女と二人三脚で支え合って生きていけよ」 「まあ、そうします。あの、まだ社内の人には言わないでください」 「みんな知っているよ。……あはは、そんなに青ざめた顔するな。なあに、改めて始まったことなんだしさ良い家庭を築いていけるって。運命は幻の塊じゃないんだぞ。これで怖いもんなんかなくなるだろうし、ツジリちゃんとなら上手くやっていけるさ。さあ、戻ったらバリバリ仕事するぞ!」 深見の言葉にたじろぎながらも、ツジリとの交際を祝福してくれる人がいてくれるのなら、自分の選択は間違いではないと感じれている。 会社に着くと社員たちが寄ってきて、差し入れの和菓子を手に取り嬉しそうにしていた。共有する時間を大切にしながら、葵陽はまたデスクに向かいその日のうちに業務を切り上げてツジリに電話をし、次の休みに二人で会う約束を交わした。  《了》
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