プロローグ

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プロローグ

―キーンコーンカーンコーン 昼休み開始を知らせるチャイムが鳴ると、デスクに座って事務仕事をしていた男は手元の書類を綺麗に纏めて机の端に寄せた。そして机の横に掛けてある鞄から小さめのトートバッグを取り出すと、席を立つ。 「谷口、今日も外?」 隣のデスクに座る同僚からの問いかけに微笑んで頷くと、谷口と呼ばれた男は一人でオフィスを出ていった。 「暑いなぁ…」 九月も半ばを過ぎているが、日中は残暑が厳しい。 汗を額に滲ませながらオフィス前にある大きな公園まで来ると、木陰にあるベンチを選んで座った。多少の風が吹いている為、木陰は涼しい。 谷口は持ってきたトートバッグから小さな水筒と曲げわっぱのお弁当箱を取り出すと、大きめな麻布のハンカチを膝の上に敷き、その上で弁当箱を開けた。 今日のメインは鮭。皮付きの半身の鮭は、綺麗なピンク色をしていてふっくら柔らかそうだ。その脇を彩るのは鮮やかな黄色をした少し甘めのだし巻き卵、たっぷりの胡麻を使ったインゲンと人参の和え物、プチトマト。 ピカピカの白米の上には小さな梅干しが一つのせられている。 「いただきます」 合掌して、先ずは鮭に箸を付けた。 (うん、いい塩梅) お弁当用の鮭は、少量の水と酒、塩を入れてフライパンで蒸し焼きにする。そして火が通ったらラップに包んで冷ますと、時間が経っても身がふっくら柔らかい状態を維持できるのだ。 インゲンと人参の胡麻和えも、レンジで加熱したため茹ですぎず丁度良い歯ごたえ。すり胡麻も香ばしくて美味しい。みりんを少し入れて甘みを持たせただし巻き卵はデザート代わり。梅干しを一口噛り、白米を大きな口でパクリ。 (うん、いつも通り) 柔らかい風が運ぶ木々のざわめき、鳥のさえずり、 噴水から聞こえる水音、公園で遊ぶ子ども達の楽しそうな声… 谷口は咀嚼しながら目を閉じた。
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