6 警察関係者

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6 警察関係者

 エルは、警察官のその先にあろう人物の声にビクッとした。 「三隅(みすみ)君、だったかな? 僕の(つがい)がお世話になったね」 「まさか、神谷警視正のツガイ……ですか?」  この声の主、は散々自分を抱きつぶして気持ちの悪いことを繰り返し言っていたあの男、神谷ではないか。振り返る前に自分の目の前に呆然として立つ警察官を見て、そして警視正と言った言葉、神谷であろう男が言った「僕の(つがい)」、全てを悟ってしまった。  この警察官が戸惑っているのは、エルの話で(つがい)になった経緯を聞いていたからなのだろう。その相手が、自分より上の立場で逆らえない警視正であった。エルは諦めたように後ろを振り返った。 「あんた……っ、何しに来たの?」 「もちろん、エルを迎えに来たんだよ。まだヒート明けで体は辛いだろう。あまりに長いお散歩は良くないよ」  さも当たり前のようにお迎えにきたよ、という態度にエルは呆れた。 「散歩じゃねぇし、俺、あんたのとこにいたくないからここに来たの。ってか、なんで俺の居場所わかったの?」 「エル、きちんと名前言ってくれないと悲しいよ」  神谷の長年連れ添ったかのような恋人との痴話げんかの後のような対応に、エルは心底ぞっとする。 「今そんな話じゃねぇだろ。きもいんだよ、ストーカーか?」 「酷いな。(つがい)に対してそんな言葉、三隅(みすみ)君もそう思わない?」 「えっ」  エルとの会話をぽんぽんと交わしていたところで、先ほどから固まっていた警察官に神谷は声をかけた。もちろん声をかけられても、発言権さえ与えられてないような気分の三隅(みすみ)は戸惑った。 「あんたなんなの? お巡りさんが困っているだろ。ストーカーはお帰りください」 「エル、いい加減にしなさい。三隅(みすみ)君を困らせているのはエルだよ。それから次に僕の名前を呼ばなかったら……」 「ちょっ、ちょっと待ってください!」  そこで先ほどからエルにお巡りさんと呼ばれ続けていた三隅(みすみ)があわてて止めに入り、神谷の言葉を制しエルに向き合った。 「まず、君の名前はエル君でいいの? 名前覚えてないんじゃなかった? それと神谷警視正が君のうなじを噛んだ人で、合っている?」 「お巡りさんのいう神谷警視正っていうのがそこにいる人なら正解、俺の首を噛んだ変態。そいつに名前聞かれて、とりあえずエルって偽名を名乗っただけ」  三隅(みすみ)はまた今日何度目かの頭をかかえていた。そして、神谷は三隅(みすみ)に楽しそうに話しかけた。 「可愛いよね。僕の部屋にあったブランドの袋を見て、咄嗟にエルって名乗ったの」 「えっ、気づいていたの?」 「さすがにわかるよ。エル、メスダ君。三隅(みすみ)君、うちの(つがい)可愛いと思わない?」 「はぁ、まあ、それは可愛い発想ですね」  神谷は嬉しそうに、そうだよねと笑った。三隅(みすみ)は困ったように相槌をうった。 「エルのことはちょっと前から調べているから大丈夫だよ。僕の(つがい)だから、慎重にいきたいんだ。わかるだろ?」 「何、勝手に調べているんだよ」 「だって一生を過ごす(つがい)だよ。どちらにしても僕の職業上、相手のことは犯罪歴がないかとか調べないといけないんだよ。あっ、大丈夫! たとえエルの戸籍が汚れていても秘密裏に処理するだけだから」 「お巡りさん、この人職権乱用しようとしてま――す。キモいんで逮捕してくださ――い」  三隅(みすみ)は苦笑いしながら、神谷に問いかけた。 「神谷警視正は、エル君の記憶喪失を知っていたんですか?」 「いや、君たちの会話で初めて知ったよ。ただ、エルは荷物も持ってない状況で保護したんだ。明らかに偽名で自分のことは隠しているから何かあるとは思って、戸惑って逃げだしたエルを泳がせたんだ」 「ということは……」 「エルの靴に、小型のGPSと盗聴器が仕込んであるよ。君だって(つがい)にはそれくらいのこと、するでしょ」 「はは、まあ、そうですよね。不思議だったんですよ。明らかに(つがい)になったばかりのオメガの子が一人で自由にしているのが……」  二人が当たり前のように、不審な話をしていることにエルは戸惑った。神谷の行動は許せないが、変態なら仕方ない。だが、この警察官は真面目な青年のように思っていたからショックだった。 「二人とも警察だろ。何あたりまえに会話しているの? 人のことこっそり追いかけて盗聴とか、それ犯罪だからな」 「いやいや、ごめんね、エル君。これもエル君が忘れているだろうこの世界の常識でね、アルファは(つがい)のオメガに対して、これでもかってくらい保護をするんだ。だからGPSはみな当たり前に持たせているんだよ」 「やべー世界だな……。変態だらけだ」  そこで神谷は豪快に笑ってエルを抱きしめた。エルは不意に神谷の匂いに包まれて嫌だというよりも、ドキドキした。そしてこの男の匂いがやけに安心感を与えることを、瞬時に否定できなかった。 「エルは素直で可愛いな、はぁいい匂い」 「は、 離せっ」 「三隅(みすみ)君の説明でだいたいはわかっただろう。さ、もう帰ろうね」 「なんでそうなるんだよ、話を聞いていたなら理解しろよ。俺は(つがい)なんていらないんだよ」  抱きしめられたまま、返事をする。エルはなぜだか抱きしめられて安心してしまい、言葉では拒絶をしていたが、手をほどこうとはしなかった。 「エル、三隅(みすみ)君も忙しいんだよ、いい加減にしなさい。帰ってからもっと色々教えてあげるから、なんなら記憶なんて失くしたままでも良いからね。これからのことは心配しないで」 「心配だらけだ!」  エルは困った状況な気がして、三隅(みすみ)を見た。三隅(みすみ)も散々エルの話を聞いていたから、素直に神谷の話を鵜呑みにしていいのか戸惑っていたようだった。 「その、神谷警視正。私はエル君の聴取を先程から担当していていました。エル君の話では、あなたに無理やりされていたというか……このままあなたの所に戻していいのか、はかりかねます」 「僕は三隅(みすみ)君に疑われているのかな? 早くエルと二人きりになりたいのに、邪魔するの?」  神谷はエルを開放すると、今度は三隅(みすみ)に向き合った。不穏な空気を察した三隅(みすみ)は慌てて弁明をした。 「いや、あの。エル君はうなじを噛んだ相手を嫌がっていたようでしたから……警察に相談に来た以上、確認も取らないと……」 「ふふっ、脅したみたいでごめんね。僕には誰も逆らえないよね? でも君はエルのことを優先して言いにくいことを僕に言った。優秀だよ、エルがお世話になったのが君で良かった。少し三人で話をしようか」    神谷はふてぶてしく、さっとエルの隣に簡易的な椅子を移動してきて居座った。そしてエルのほほを触り、瞬く間に軽いキスをした。 「ちょっ、それ、嫌だって言っただろう。こんなところまできて、本当にやめろよ」 「だって、そこにエルがいるんだもん。キス、するよね?」 「ふざけんな、しないだろ!」  エルは呆れた。出会ってから数えきれないほどのキスをされているから今さら嫌だとかは思わなかったが、当たり前に自分の唇を奪う男に自分はセクハラをされていると思う。 「なぁ、お巡りさんっ。ていうか、三隅(みすみ)さん? こいつおかしいと思わない。人前でこういうことする人、わいせつ罪で捕まえられない? 俺、嫌だって言ったでしょ」 「エル、名前。言わないともっと深いのをするよ」  神谷はまたエルの顔の前まで唇を近づけて、真剣な顔でそう言った。 「わ、わかったから! 恭一(きょういち)、いい加減にやめろ」 「わ――、エルがやっと僕の目を見て僕の名前を言ってくれた! 三隅(みすみ)君、(つがい)っていいよね、君はもう(つがい)がいて結婚もしたんだよね。若いのにうらやましいな。僕もエルの身元がわかり次第、籍をいれるからその時は君も結婚式に呼ばせてもらうね」 「うぉい! どんどん妄想飛んでいるぞ」  エルと神谷の掛け合いを見ていて、三隅(みすみ)はほっとして思わず笑みが出た。エルはそんな状況に恥ずかしくなった。
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