14人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「吉郎くん……君は立派な薬剤師だ」
本当の最後まで読み進めたエブリンは、窓を開けた。
最後に吉郎が自ら目を閉じて、この時代に帰る時の心境が書いてあった。
エブリンの知らなかったことだ。
吉郎は暗くなった視界の中で、少年に約束した。
俺がおまえを救ってやる。
俺は薬剤師にはなれなかった。でも、ひつとだけおまえに薬を渡してやることができる。
それは、俺の書く物語だ。
一冊の小説、それがおまえのおくすりだ──。
「いい風呂だったぁ……って、あれ? エブリン?」
吉郎は部屋を見渡した。
開けっぱなしの窓から吹き込む夜風が、机の上のメモを揺らした。
読めと言わんばかりに、エンブレムがその横で光っている。
「……ありがとうな、エブリン」
遠い空へつぶやくと、パソコンの画面に向き合った。
小説のタイトルを書き込むと、「終わったぁ」と言って、しばらく余韻に浸る。
体が軽い。一生懸命書いたあとなのに、気持ちが軽くなっている。
おばちゃんがくれた風船のように、ふわふわと、つかまって飛んで行けそうな気持ちだった。
こんな気持ちになれるなら、続けてもいいかな。
よし、じゃあ次は──。
キウイをかじり、キーボードに手を伸ばした。
おばちゃんみたいに、もっとたくさんの人を救える、そんな気がしてきたのだ。
吉郎はエブリンの残したもうひとつのおくすりに気づき、笑みを浮かべた。
「小説を書くってのも、ひとつの薬みたいなもんだな」
エンブレムのまばゆい光を浴びて、吉郎の目は光輝いていた。
〈おわり〉
最初のコメントを投稿しよう!