*****

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

*****

 …――俺は忘れないぞ、絶対になッと昔の友に言われてしまった。  いきなりだが、昨晩遅くに目が覚めて何となく思いだして気になったヤツがいる。  いや、本当に何となくなのだが、どうしても気になってきて、しかたがないのだ。  そいつは、昔の友で、とても酷い事を言ってしまった過去がある。  無論、その時、直ぐに謝ろうと思った。が、ヤツの態度が、どうしても鼻につき謝れずに今の今まできた。当然だが、今もヤツは相当怒っているだろう。いやいや、もしかしたら、もう忘れているかもしれない。俺という存在自体を含めてだ。  むしろ、  俺を忘れたいと思う位には酷い言葉だったから……。  だから、  この際だからと酷い事を言ってしまった件も含め謝ろうと思った。  そうして、今に至る。 「○○か? そろそろ連絡が来る頃だろうと思ったよ」  ○○は、俺の名前だ。 「おうッ。めっちゃ久しぶりだな。もしか、俺の事、忘れてたか?」  敢えて、明るく振る舞うが、どうもヤツの態度には空回りっぽい。 「いや、忘れるわけないだろう。俺がお前をな。でも久しぶりだな」 「だなっ」  などと軽口を叩きながら、謝れるタイミングを探る。  酷い事。ヤツにとっては心外だろうが、今となっては、俺自身、どんな言葉だったのかを忘れてしまっていた。ガキの頃の話だからと心を誤魔化す。その上で、酷い事を言ったのは間違いないのだからとドキドキしながらも、その機会を窺う。 「というか、お前、今日、死ぬぞ。分かってるだろう」  へっ!? 「真面目な話だ。今、すごいヤバい事になってんの、……本当に分からないのか?」  うぬぬ。  どうやら、過去に言った酷い言葉への仕返しのつもりなんだろう。  いきなり死ぬとか言い出したやがった。そうなんだ。こういうのが気にくわなくて謝るタイミングを失ったんだ。全然、変わってないな。こいつ。だからこそ、謝るべきなのか、それとも、このままフェイドアウトするべきなのかと考えてしまった。 「ヤバいって、何が?」 「とにかくヤバいんだよ。分からん?」 「別に変わった事はないけどな。大体、俺が死ぬって、一体、なにが起こるのよ? お前、知ってんの? 大概の事じゃ、人間は死なんぞ。自殺する予定もないしな」  など答えている内に、もういいや、謝るの、とか思ってしまった。  ふっとスマホのディスプレイを見る。  驚く。戸惑って言葉を失ってしまう。  電話番号が表示されている。それはいい。当然だ。しかしながら、その番号が問題なのだ。番号の一番下の桁、それが、間違っていたのだ。件の友とは本当に音沙汰がなかったから電話番号を知らなかった。だから他の友に電話番号を聞いた。  そして、手入力で番号を入れて電話をかけたのだが。  入力を間違えてしまっていたわけだ。  ……じゃ、この番号での電話は間違い電話なのかッ?  いやいや、今、話しているヤツは紛れもなく酷い事を言ってしまった昔の友。間違いない。声の感じ、話し方、性格、そのどれをとってもヤツとしか思えない。心臓がバクンッと跳ねる。でも、間違い電話、じゃ、こいつは、何なんだと混乱する。  死ぬとも言われてしまっているのも相まって、ぞっと背筋が寒くなって恐くなる。 「ああ、ごめんな。今日は、これから用事があるから、また今度な」  反射的に電話を切る。 「あ、お前、真面目に忘れたのか。自分が言った事を」  と何かを言っていたが、そんな事は、どうでもいい。  兎に角、そのあと、直ぐ正確な番号に電話をかける。  こっちの番号こそが間違いだと証明したくて。自分自身の心を安心させてたくて。  また心臓が高鳴ってきてドクドクと動悸が早くなる。血液が暴れる。息も苦しくなってクラクラしてくる。ともかく、今度は、間違いなく正確な番号へ電話をかけた。そののち出てたのが、過去に酷い事を言ってしまった友の妻を名乗る女性。  彼女、曰く。あの友は死んだという。  しかも昨日の夜遅く。自殺だという。  どうやら、何となく気になったというのは虫の知らせに似たようなもののようだ。  ふふふ。  いや、そんな事はどうでもいいのだ。  それよりも重要なのは間違いだったという事。入力を間違えた番号が紛れもなく間違い電話だったという事。じゃ、あいつは誰なんだ。誰? なんだ? どうして俺を知っていて、あの酷い事を言ってしまった友を装ったんだ。あのクオリティで。  ピリリ。  とスマホが、けたたましく鳴り響く。  番号を見る。入力を間違えた番号だ。  出れない。いや、それどころか、動けない。固まる。  勝手に通話状態になった。スピーカーモードになる。 「だから言っただろ。お前は死ぬんだって。まだ分からないのか?」  動けない。しゃべれない。目を見開く。心臓も痛くなって、血液が沸騰してくる。 「お前が、あの番号に間違って電話してくるのは分かってたからな。先回りしたんだよ。もちろん、今の俺には時間や空間の概念はない。なぜだか分かるだろう?」  いや、分かりたくない。知りたくない。止めてくれ。 「俺は、死んだんだよ。もちろん、お前も死ぬ。それは、なぜだか分かるだろう?」  なぜだか分かるだろうと繰り返すな。止めてくれ。止めてくれッ! 「俺は忘れてないぜ。お前が何を言ったのかをな。たとえ、お前が忘れてもな。あれからずっと悩んでてな。その言葉が遠因で死んだんだ。だから絶対に、お前を……」  ツゥゥ。  と、そこで、無情にも電話が切れた。  それでも俺は何を言ったのか、どんな酷い事を言ったのか、を思い出せなかった。  道連れにしてやるからな。忘れるな。  と、何処かから小さな声で囁かれた。  お終い。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!