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第60話
「ところで忍さんは休暇のうちに病院で精密検査ですからね」
「もう治った、大丈夫だ。何も問題ないぞ?」
「貴方のその言葉は信用しないことに決めてますから。明日は通院決定です」
「明日は祝日月曜なんだがな」
「えっ、あ……そうでしたっけ。ってことは十九時半からのアレに……」
最後の方はほんの僅かな呟きだったが、霧島は敏感に捉えていた。
「何が十九時半から何だ?」
「あ、え、や、何でもありませんよ」
「何でもなくはなかろう。もしかして機捜の若手と警務部婦警の合コンか?」
「う……あ、すみません、その通りです」
「ふむ。行っても構わんぞ、何なら白藤市の会場まで私がドライバーを務めてやる」
「何ですか、忍さんがそんなにあっさりと。気味が悪いですよ」
だが霧島は端正な横顔を崩さず、涼しい表情でコーヒーを啜りながら言う。
「夫の私に気味が悪いはないだろう、ベルジュラックでもあるまいし。だが異性愛者の男にとって合コンなるものがどれほどまでに魅力的か、私も少し分かった気がするからな」
「どうしてですか?」
「本部長室のロウテーブルに回覧板が置いてあった。内容は明日の『合コン出席者名簿』だ。それに本部長以下各部長クラスの名前まで上がっていた。豪華な面子だな」
まさかの事実に京哉は仰け反った。
「ええっ、何それ、どうしてタダの合コンがそこまで大ごとになったんですか?」
「知らん。だが皆がそれだけ楽しみにしているイヴェントだと私も理解したんだ」
「はあ、なるほど。でもみんな、どれだけがっついてるんでしょうね?」
「お前は同じ穴の狢という言葉を知っているか?」
コーヒーカップが空になるまでの時間を少々長く感じた京哉だった。
やがて二人は席を立つ。日付も変わり長期不在で繰り越して今週の食事当番の霧島がカウンターに千三百六十円を置いて店を出た。ぶらぶら歩いてコンビニ・サンチェーンで簡単な食材と京哉の煙草を仕入れると三分歩いて自宅マンションに帰り着く。
疲れ切った二人はシャワーを交代で浴びると、ダブルベッドに倒れ込んだ。
◇◇◇◇
翌日は遅くに起き出してブランチを摂り、だらだら休暇を愉しんだ。だが夕方近くになると霧島の機嫌を窺って京哉の挙動が不審になる。そんな京哉を霧島は流し目で見た。
「落ち着かんから、うろうろしないで座れ」
「あのう、晩ご飯はまだかな、なんて思いまして」
「何だ、それは。食ってくれるのか?」
「勿論食べますよ、決まってるじゃないですか」
「……ふむ。では作ろう」
僅かに機嫌を良くした霧島は愛用の黒いエプロンを着けた。
「夕飯、炒め物とパスタだからすぐできるぞ」
「そんなに慌てなくてもいいですよ」
「慌てなくても簡単にできてしまうんだ。どうせ食材も限られているしな」
言った通りに作り置き冷凍ミートソースを利用したパスタが仕上がる時間で、冷凍ほうれん草とコーン缶の炒め物が完成していた。ささやかな手伝いで京哉はカトラリーを出すと電気ポットの湯でコンソメのカップスープを作ってから椅子に腰掛けた。
行儀良く二人は手を合わせてから食事に取り掛かる。
「頂きまーす。ん、コーンが甘くて美味しいかも」
「買い出し前に残り物整理もできて、これはいい感じだな」
すっかり機嫌が直ったらしい霧島の様子にホッとした京哉は瞬く間にプレートを空にした。コーヒー&煙草タイムも終わると男二人で食器を洗浄器に入れて片付ける。
キッチンが綺麗になると京哉はイヴェント前の落ち着かない気分で霧島に訊いた。
「忍さんも行くんですよね?」
「誰かが勝手に私の出席欄にチェックを入れていたからな、仕方あるまい」
「知ってたんだ……なら、先にシャワー浴びてきて下さい」
「では先に頂くか」
バスルームに向かう霧島を見送った京哉はまた換気扇の下で煙草を吸い始める。チェーンスモーク五本目で物音がした。霧島と入れ違いに京哉もシャワーを浴びる。
バスルームから出てバスタオルで身を拭い、ドライヤーで髪を乾かして寝室に入ってみると、ダブルベッドのブルーの毛布が膨らんでいた。思いも寄らない光景を目にして霧島が急に具合でも悪くしたのかと思い、焦って近づき覗き込む。すると毛布の隙間から灰色の目がじっと見上げていた。
「どうしたんですか、気分でも悪くなったとか……って、わあっ!」
「こんな私は嫌いか?」
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