白無垢の恋唄

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 声を掛けてきたのは、如月(きさらぎ)乃愛(のあ)だった。黒髪でストレートの美月とは違い、茶色に染めたボブカット。背も平均より高い美月と比べると低めの方で、凛々しい顔立ちの美月と、中学生、服装によっては小学生とも見間違えられかねないかわいらしさ。対照的な二人ではあったが、何かと人間関係のトラブルに巻き込まれる美月のほぼ唯一と言っていい安心して過ごせる相手だった。 「……びっくりした。乃愛、なんでここに? 念のために言うけど、今日、春休みだよ?」 「さすがにわかってるよ~」  乃愛はにっこりと微笑むと、顔の前で手をヒラヒラさせた。 「みーちゃん、そろそろ部活終わるころだったかな、って思ってさ。弓道場の前で待ち伏せしてたところ」  何も飾らない、いつもの乃愛の笑顔を見て美月は知らないうちに詰めていた息をそっと吐き出すと笑顔を見せた。 「そうやって言うけど、小学校の頃から何回も登校日間違えてるからね。その度に私が連れ戻したり、迎えに行ったり――」 「もう~今となってはいい思い出じゃん! さすがの私も高校生になったんだから、みーちゃんの手はわずらわせないよ!」 「さて、どうかな?」  美月は悪戯っぽい笑みを浮かべると、登山でも困らなそうな黒い大容量の鞄を持ち直し、乃愛の小さな背中を軽く触って先を歩き始めた。  少し抜けているところがある乃愛を、美月が半歩先へ行って引っ張っていく。保育園のときに出会って以来、二人はずっとそういう関係性を築いてきた。だが、実は自分が乃愛に助けられているのでは、と思うときもあった。 「それで、みーちゃんはまた何を悩んでいたのかな?」  乃愛が、真横を歩きながら美月の顔を覗き込んできた。鼻から下は笑顔だが、目だけは笑っていない。 (こういうときの乃愛ははぐらかせない) 「何って……いつもの『アレ』だよ」  乃愛の綺麗な栗色の瞳を直視できずに、美月は目線を逸らした。 「あ~いつもの『アレ』ですか」 「そう、『アレ』」 「『アレ』ねぇ~」  渡り廊下の途中で美月の足音が止まる。 「もう、わかってるんだから、深堀しようとしないでよ。私は、全然気にしてないから大丈夫」  廊下の先には立派な桜の木が一本植えられている。ちょうど満開を迎えた辺りで風にそよぐ様は、凛と美しく、そして力強かった。  乃愛の手が美月の左手をつかんだ。温かい感触に思わず手を引くと、美月は慌てて友人の顔を見た。 「な、なに? 急に」 「うーん、みーちゃん、寂しいのかなって?」 「寂しい? 私が?」 「うん、ほら、あの桜見て、『私もあんなふうに一人でも何にも気にせず強くなれればいいのになぁ』……みたいな?」 「そ、そんなこと――」  本当かどうか問いかけてくる乃愛の大きな瞳からは逃れられなかった。 「ない……とも言い切れない……けど」  パッと大きな笑顔が咲いた。花のような鮮やかな笑顔だった。 「いつも言ってるでしょ。みーちゃんはみーちゃんでいいけど、一人になろうとするのはダメだって。みーちゃん、一人になると何するかわからないんだから」 「わかった。わかったよ、もう。話すから。でも場所を変えよう。ここじゃ、誰に聞かれるかわかんないから」 「うん、もちろん!」
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