1.さまよう蝶

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1.さまよう蝶

 先月はコンパに行きそびれた。夏風邪のせいだった。いい感じの子が集まったとあいつが得意げに言うから、俺はいつも以上に気合を入れて準備をした。当日着ていく服を買い揃え、コンパの前日にはヘアサロンの予約も入れた。それが三日前になって突然の発熱。他の奴らからは伝染るので絶対に来るなと釘を刺された。同情の言葉一つありゃしない。当然サロンもキャンセルだ。後日、あいつの武勇伝をイヤというほど聞かされた怒りはまだおさまっていない。  先週はSNSで知り合った女に会いに行った。あの忌々しい夏風邪から回復して以来、毎日のようにネットを泳ぎ回っては、発散し損なったものの解放先を探した。ちょうど大学は夏休みで時間はたっぷりあった。その甲斐あってようやく一人の女と知り合った。年齢は一つ下で同じく大学生。今年の夏は帰省せず部屋でのんびり過ごすつもりだったが、どうしても遊びに出たくなったらしい。そして、これが最も重要な点だが、住んでいる場所がそれほど遠くない。ルックスはこの際ハードルを下げても構わないし、趣味なんてどうとでも合わせる自信がある。とにかくすぐに会いに行ける相手、これが重要だった。  なんだかんだと女を誘い出すことに成功した俺は、買ってから一度も着ていない服に袖を通し、待ち合わせ場所に向かった。もちろんヘアサロンにも行っておいた。俺は奮発して名の知れたレストランに女を連れていった。ディナーの後は洒落たバーに行った。酒を飲みながら話しを盛り上げてやると、俺たちは次第にいい雰囲気になっていった。やがて時計がいい頃合いを指すと、俺は予定通りのセリフをクールに切り出した。だが女は「この次ね」と軽くキスだけ残して帰っていった。  翌日、当然のごとくアカウントは消されていた。けっこうな金額をつぎ込んだ見返りがキス一つ。そう言えばやたら高い酒ばかり頼んでいた。だが金のことなんてどうでもいい。耐えられないのはこの怒りと悔しさだ。  こんなこと、あいつらには口が裂けても言えない。  それからというもの、こうして部屋に一人でいると、いつもそのことばかり考える。あいつの勝ち誇った顔、俺をいい加減に扱った奴ら、そしてあのふざけた女。  俺は空になったビールの缶を握りつぶすと、能天気な笑い声のするテレビを消した。  解放されないものが体の中に溜まり続け、そのうち腹を破って噴き出してきそうだった。とにかく、こいつを早く吐き出してしまいたい。  汗が背中を流れ落ちた。リモコンの表示を見ると22℃に設定されている。  なんだってこんなに暑いんだ。まったく、何もかもが気に入らない。  俺はキッチンに行くとつぶれた缶をゴミ箱に投げ入れ、冷蔵庫を開けた。そして大きく舌打ちをした。ビールがない。  汗がこめかみに流れた。記録的猛暑に毎日続く熱帯夜、暑さで沸騰しそうな体液。  時計を見ると夜の十時を過ぎたところだった。気温は全然下がらない。外の湿気を考えるとうんざりしたが、少し悩んだ末、俺はスマホを手にして玄関に向かった。このままおとなしくベッドに入ったところで眠れそうにない。
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