夏祭り

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 八郎は32歳、独身だ。この近くの工場で夜遅くまで仕事をしている。夕方が定時だが、働いている会社は忙しく、定時で帰れないのが当たり前だ。そして、夜の9時ぐらいまで仕事をするのが普通だ。苦しい日々だけど、その分週末はゆっくりして、体を休めるようにしている。だが、不安もある。いつまでこんな仕事をしていられるんだろう。もっといい会社があるんじゃないかな? 定時で帰れて、効率のいい会社があるんじゃないかな? だが、仕事の事でなかなか思いつかない。  八郎は帰り道を歩いている。八郎はとても疲れていた。いつもこんな感じだが、耐えなければお金がもらえない。だから、耐えるしかない。今日は金曜日で、明日とあさっては休みだ。明日の夜はどこかで飲んでから帰ろうかな? 「今日も疲れたな。でも明日は休みだ。ゆっくりしよう」  今は夏だ。毎日蒸し暑い日が続いていて、なかなか雨が降らない。日が暮れて、真っ暗になってもまだ暑い。今夜も熱帯夜になりそうだ。ぐっすり寝られるか不安だ。だけど、しっかりと寝て、疲れを取らないと。 「暑いなー。家に帰ったら冷房に当たりたいな」  帰ったら冷房に当たろう。そして、家でゆっくりとテレビでも見よう。疲れた時は、テレビを見てごろ寝するのが一番だ。  と、八郎は何かを感じた。それは、この先の公園で聞こえてくる。こんな夜遅くに一体何だろう。なんだか気になるな。 「ん?」  八郎は公園の前にやって来た。そこでは夏祭りがやっていた。今日は夏祭りの予定なんてなかったのに。この辺りの夏祭りはもう終わったのに。 「夏祭り? そんな予定なかったんだけどな」  八郎は首をかしげた。疲れているから、幻を見ているんだろうか?まぁいい。帰ってゆっくりすればすぐに元通りになるだろう。 「うーん、ちょっと見てから家に帰ろう」  だが、興味をそそられる。じっくり見ていよう。八郎はその夏祭りを公園の前からじっと見ていた。だが、そのうちに、ある事に気が付く。夏祭りにいるのは、人間ではなく、妖怪だ。やはり、あれは幻だったんだ。 「えっ、妖怪?」  八郎は妖怪がそんなに好きじゃない。八郎はおびえていた。早く逃げないと、とんでもない事になりそうだ。 「に、逃げよっと」  と、その中の誰かがやって来た。河童の男の子だ。河童は八郎に近づいてくる。 「遊ぼうよ」  それに気づいて、八郎は逃げようとした。だが、河童は強くて、逃げられない。 「えっ、えっ・・・」  八郎は戸惑っている。妖怪が遊ぼうと言っている。本当にいいんだろうか? 嫌な事をされないだろうか? 不安でしょうがない。 「楽しいよ!」  だが、河童は誘おうとしている。河童はかわいらしい笑みを浮かべている。 「じゃ、じゃあ・・・」  八郎は夏祭りの会場にやって来た。そこは広い公園で、滑り台やジャングルジム、鉄棒、ブランコがある。まるで小学校のようだ。 「楽しそう!」  2人は夏祭りの縁日のテントが密集する場所にやって来た。ここには特に多くの妖怪が集まっていて、夏祭りを楽しんでいる。 「ねぇねぇ兄ちゃん、射的やって!」  突然、八郎は引っ張られた。そこには射的屋がある。射的屋には多くの商品が並んでいて、それを銃で狙う。当たったらその商品がもらえる。 「い、いいよ!」  少し戸惑ったが、八郎は射的をする事になった。射的屋の前にいる人の頭からは2本の角が出ている。普通の服を着ているが、どうやら鬼のようだ。 「兄ちゃん、あの商品狙って!」  河童が指さしたのは、一番大きな商品、テレビゲームのハードだ。自信はないけど、格好いい所を見せなけれた。 「わかった!」  八郎はハードの箱を狙った。コルクの弾は当たったものの、テレビゲームは重くて、倒れない。 「あー残念・・・。ごめんね」 「いいよ」  落ち込む八郎を、河童は慰めた。でも、楽しむことができたから、それでいいだろう。  と、その横から別の男の子がやって来た。男の子の頭からは1本の角が出ている。この子は鬼のようだ。八郎は少し驚いたが、よく見るととてもかわいい。八郎は妖怪が全く怖くなくなっていた。 「兄ちゃん、たこ焼き買ってきたから、一緒に食べよ?」 「うん」  鬼の子はたこ焼きを持っている。一緒にたこ焼きを食べようというのだ。帰り道でラーメンを食べてきたが、ちょっと食べよう。今週も頑張ったんだから、自分へのご褒美だ。 「おいしい!」  そのたこ焼きはとてもおいしい。縁日で食べるたこ焼きよりもずっとおいしい。 「ありがとう。缶ビール欲しかったな」 「どうぞ」  と、その横にろくろ首がやって来た。紙コップに入ったビールを持っている。缶じゃないけど、飲めたらそれでいいな。 「あ、ありがとう」  八郎はビールを勢いよく飲んだ。これもとてもおいしい。たこ焼きとビールの愛称はやっぱり抜群だ。 「プハーッ、うまい!」  と、音楽が聞こえてきた。どうやら盆踊りのようだ。 「そろそろ盆踊りだよ!」 「よっしゃ、踊ろっか」  八郎は踊る気満々だ。作業服だけど、浴衣で踊っていない人もいるんだから、気にせず踊ろう。  八郎はみんなと楽しそうに踊った。次第に日頃の疲れが抜けてくる。動いているのに、どうしてだろう。 「楽しい?」 「うん」  しばらく踊っていると、遠くで花火の音が聞こえた。どうやら花火が上がっているようだ。 「花火が上がってるよ!」 「本当?」  八郎が遠くを見ると、打ち上げ花火が次々と上がっている。とても幻想的だ。見とれてしまう。 「うん」  河童も鬼もろくろ首も、そしてその後やって来た狐たちもその花火に見とれていた。とても幻想的な光景だが、これは幻想ではなくて、人が打ち上げているものだ。 「きれい」 「たーまやー」  いつの間にか、八郎は眠くなって、ベンチに寝てしまった。だが、妖怪は全くそれを気にしていない。 「おい、起きろ!」  誰かの声で、八郎は目を覚ました。隣に住んでいる水野だ。八郎は呆然としている。夏祭りの途中で眠ってしまい、その後の事は全く覚えていない。 「あれ?」 「ここで寝てたんだよ」  水野は真剣な表情だ。ここで寝ていて、風邪をひいていないか心配だった。だが、元気なようだ。 「あれ? ここは?」 「公園だけど、どうしたの?」  いまだに八郎はとぼけている。今の状況が理解できないようだ。 「学校があって、盆踊りがやってて・・・」 「ここって昔、小学校の校舎があったって知ってるか?」  ここには昔、小学校の校舎があって、移転によってその小学校はなくなったという。ここでは昔、夏祭りが行われていて、昨夜見たのはその幻だという。 「いや」 「本当にあったんだよ」  ここに小学校があったのは、数十年も前の話だ。10年ぐらい前にここに引っ越してきた八郎はその事を全く知らなかった。 「まさか、今見てるのはあの時の幻?」 「そうかもしれなかったな」  でも、それは疲れ切っていた自分へのご褒美のように見えた。嬉しいのかどうか、よくわからないけど、いい思い出だった。またこんな幻が見れたらいいな。
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