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その言葉を聞いた大和君は焦った様子で、先輩に詰め寄って、それ以上は何も喋るな言わんばかりに、口を瞬時に塞いだ。
「宏明さん!!千佳さんと翠ちゃんが待っていますから、早く行ってください!」
そう言って口から手を離すと、先輩の顔からは意味深な笑みは消えており、再び無表情へと戻っていた。
「何だよ、つれないなぁ……」
「つれないって……。ついさっきまで、一緒に勤務していたじゃないですか」
「まあな。じゃあ、大和に邪魔者扱いもされたことだし、帰るわ」
「していないですってば!」
最後の最後まで大和君を揶揄うと、案外あっさりと去っていった先輩。
何を考えているのかよく分からない人だったけれど、大和君は彼をとても慕っているようだし、彼も大和君を可愛がっているように思えた。
そして、残された私たちの間には聊かの気まずさが漂ったけれど、どうしても気になったことを、隣を見上げて問いかけた。
「大和君、一つ聞いてもいい?」
「うん?」
「さっきの先輩が言っていた、噂の月ちゃんって……何?」
「へっ?えっと、それは……」
まるで疾しいことを隠しているように、しどろもどろと言葉を濁し始めるけれど、私が何も言わずにじっと見つめていると、彼は観念したように白状した。
「噂っていうのは……月ちゃんが、綺麗で優しい人だってことを、話したんだよ」
「えっ……?」
「……あの人……どうして本人の前で言うかな……。本当、口が硬いんだか軽いんだか……」
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