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「じ、実験動物って……」
アイドル候補生の人権をまるで無視した発言に、私の脳が警告音を発した。
眼前の大人は、信じるに値しない。この人の言うことを聞いちゃいけない……。
「おや、面白くなさそうな顔をしていらっしゃる」
白衣の彼は、こちらの不信感を目聡く捉えて、優しい声色を作った。
「勿論、強制など致しません。お嫌でしたら、今からでも辞退していただいて結構です。自宅までスタッフがお送りしますし、面倒な賠償金などの請求もございません。受けるも受けないも、貴女の自由なのですよ。ええ――代わりなど、いくらでもいるのですからね」
「いえ、とんでもない……ですっ」
私は焦る。チャンスの逃げ足は、速い。それは怯んでいるうちに、あっという間に去ってしまうものだ。のどに刺さった小骨のような不信感を、私は強引に抑え込んだ。
「やります……! 私に、やらせてください」
その言葉は、なかば反射的に、口から飛び出した。
「よかった、引き受けてくださいますか」
満足そうに頷く白衣の彼。
そうだ……、ありがたいと思わなくちゃ駄目だ。私みたいな普通の高校生がアイドルデビューできる機会なんて、一生にそう何度も訪れるとは思えないのだから。才能に恵まれた美少女ならいざ知らず、私のような特別秀でたところのない田舎者……。
ふいに、疑問が首をもたげた。
「あの……どうして私なんですか?」
もっと素敵な子を、オーディションのときに大勢見かけた。わざわざ私に白羽の矢が立ったのは、不思議だった。
白衣の彼は淡々と応える。
「本来なら世話役は他のメンバーにお任せするつもりでしたが、貴女がもっとも適任だと思いましてね」
「でも、私にはそんな特別な能力は……」
「ええ、貴女の場合、こう言っては何ですが、能力ではなく熱意を買ったのです。アイドルになるためには何でもすると、オーディションで仰っていましたね。モニターで拝見していましたよ」
「それは、確かにそうですけど……」
「その言葉に一切の嘘がないように見えたのです。――それともうひとつ、こちらはオマケなのですが」
意味深に潜められた声のトーンに、私はいっそう注意を向ける。
「貴女は羊がお好きだとか。お名前にも『ひつじ』の音が入っていますね」
「あ、ハイ……、そうです、けど」
それが何なんだろうか? 首を傾けていると、白衣の彼はひょうきんな教師のように人差し指を立てた。
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