結城都、アイドルになる

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 きっかけは、春休みにSNSで流れてきた、大物アイドルプロデューサーが企画する『楽園プロジェクト』っていう、アイドル候補生募集のプロモーション記事。  K・POPアイドルが大好きで、春休みのほとんどをUちゃんの推し活にあてていた私は、軽いノリでその記事に飛び付き、勢いに任せてオーディションに応募した。憧れのUちゃんに少しでも近づきたいっていう、単純な動機からだ。小さい子が「お姫様になりたい!」って言うのと、同じ感覚だったと思う。    ひとりじゃ不安だったから、幼馴染みで親友のくーちゃんを道連れにすることにした。赤信号、ふたりで渡れば怖くないってね。  どうせ合格しないから。気が進まない様子の親友に、私は何度も言って聞かせた。  ――ところがなんと。  何の冗談か、二人ともオーディションに合格してしまったのだ。ネットの記事によると、七千名を超える応募者の中、晴れてアイドル候補生となったのは三十七名。  控えめに言って、これは奇跡である。    もしかすると私、一生分の運をここで使い果たしたかもしれない。 ※  八月一日、朝九時。  地元駅のターミナルには、夏休みを謳歌する学生のトレンドファッション、せわしない社会人のクールビズなオフィススタイルなどが、メルティポットのごとく行き交っていた。没個性的かつ保守的なこの地方都市にも、人の数だけ色がある。  私――結城都はというと、お気に入りのゆるキャラ『ネコお寿司』のロングTシャツに黒いハイソックス、穿き古したビビットカラーの運動靴。肩にはごついデザインの機能派ヘッドフォン。パーマをあてたミルクティー色の髪を、左耳の上でふんわり括っている。若さの特権である正統派ガーリーに、少しのダウナー感をプラスした、灰色の綿あめみたいなファッションが私は好きだ。  スマートフォンを片手に、あくび交じりに周囲を見渡していると、白いコミューターが、ターミナルの送迎車両用ゾーンに入って来るのが見えた。地方都市ではあまり見かけない、ドラマのロケで芸能人が乗るような車だ。  私はピンと来て、コミューターへ駆け寄る。コミューターの扉が開いた。スーツの男性が出て来る。私は、スマートフォンにQRコードを表示させ、ディスプレイを男性に向かって掲げた。男性がバーコードリーダーのような機械でQRコードを読み取ると、彼の左手に抱えられたiPadに私のプロフィールが表示される。男性は慇懃に一礼した。 「ようこそ、結城都さん」  なんとも色のない声だった。もっとも、仕事をしている大人の声は、だいたいこんな感じだけれど。 「これより『楽園』にお連れ致します。どうぞ、お乗りください」
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