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「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、彼氏の椎名くんが呟いた。
「やったな、藤川」
「ん? 何のこと?」
「お前……盛ったな?」
人聞きの悪いことを言って、ゾンビみたいな顔色をした椎名くんが私をギロリと睨んだ。
椎名くんが風邪を引いたと聞いて家まで駆けつけてあげた優しい彼女への態度とはとても思えない。
「風邪ひいたら風邪薬飲むのは当たり前でしょ」
「嫌だ! 薬なんか死んでも飲むか! 俺は物心ついた頃から一度も自分で薬を飲んだことがないんだ!」
椎名くんは私が用意した卵スープのお椀を突き返した。こっそり顆粒の風邪薬を混ぜて入れたのだが、一口も飲まずに匂いだけでその存在に気づくとは、椎名くんの嗅覚は大したものだ。
「何で飲まないの? 39度あるんでしょ? 飲まなきゃ死ぬよ?」
「嫌だ! 薬だけは、絶対に飲まない……!」
「何で? 薬を飲んじゃいけないような宗教にでも入ってるの?」
椎名くんは熱で潤んだ目をそっと閉じて首を振った。
「いや……苦いから……」
「飲めよ」
高校三年にもなって、何を甘えてるんだか。
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