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決戦前
ただひたすら歩き続けて、俺達は生者の塔が在る盆地の手前、高台エリアに無事到着することができた。陽はだいぶ上に登っている。時刻にしたら十時少し手前というところだろうか?
ここでしばらく休憩となった。ポツンポツンと点在する岩に身を隠しながら、俺達は疲労した脚を休ませていた。
盆地の方を窺っていたマサオミ様、イサハヤ殿、トモハルの三名が戻って来た。彼らは一様に厳しい表情をしていた。半獣の管理人を初めて見たのだ。
「ありゃあ、確かにとんでもない化け物だな」
「ああ。だいぶ距離が有ったというのに、ヨウイチ氏が放つ威圧感で息苦しくなった」
俺とミズキもかつて偵察した時に同じ感想を抱いた。
「イオリさん、ヨウイチのジイさんが得意な戦法はなんだ?」
「長槍から繰り出す強力な突き攻撃だ。気を溜めた訳でもないのに、大地をも分断する威力だぞ」
「接近戦は厳しいか。エナミとあんたに頑張ってもらって、また遠距離射撃を主体で攻めるか」
「それでは弱いな、遠く離れていても十字鎌を投げて攻撃して来るから」
アオイが反応した。
「その攻撃で……私の先輩達は薙ぎ払われたんです。しかも鎌はまた管理人の手に戻って行きました。まるでマヒトの使っていた短刀みたいに!」
厄介なブーメラン機能まで付いているのか。
「おいおい……全ての距離に対応してんのかよ、あのジイさんは。ちなみにマヒトは今何処に居るんかな?」
『滝のエリアの上を飛んでいる』
案内鳥の答えにマサオミ様は頭をガシガシ掻いた。
「ここからけっこう近いな。あいつにまで合流されたらキツイぜ? イオリさんがこっち側じゃなかったら確実に詰んでたな」
「イオリ殿、あなたは仮面を外しましたが、まだ管理人として存在しているのでしょうか?」
トモハルから急に質問された父さんは、戸惑いながらも答えた。
「難しい問いだな。この身体は地獄の王から管理人として与えられたものだが、魂を刈り取るという管理人の職務は放棄している」
「あそこで誰かが死んだ場合、貴方の代わりの管理人に選ばれてしまうのでしょうか?」
「ああ……そこを知りたいのか」
……そういうことか。トモハルは半獣の管理人を直接目にして弱気になっていた。自分、もしくは仲間の誰かの死を想像してしまったんだ。
「それは大丈夫だ。俺のこの肉体が完全に滅ばない限り、新しい管理人が誕生することはない」
「そうですか」
トモハルは安堵した様子だ。自分が死んでも仲間を襲うことはないと考えたのだろう。
死を覚悟した彼を情けないとは思えなかった。俺もヨウイチ氏を初めて目撃した時は恐怖でおののいた。胸倉を掴まれるような圧迫感を体験したのだ。あれに勝てっこないと身体中が震えた。
「中隊長!」
アオイが物理的にトモハルの胸倉を掴んでいた。
「は!? おい、何だアオ……」
彼女はトモハルの顔を引き寄せ、彼の唇に自分の唇を重ねた。
「!…………」
その場に居た全員が、アオイの大胆な行動に言葉を無くした。セイヤは咄嗟に己の手でランの瞳を遮った。
数秒後に唇を離したアオイは、顔を赤らめたトモハルに言ってのけた。
「私は生きることを諦めません。現世に帰ってこの続きを絶対にします! その為にあのおジイちゃんには引退してもらいます!! 私の幸せの為に!!」
ぶはっ、と何人かが噴き出した。滅茶苦茶な主張だったが、いやだからこそ笑いがこみ上げた。アオイのおかげで、肺の中に溜まっていた不安と恐怖を幾分か吐き出せた。トモハルも笑った。
「その意気だ、アオイ。現世に戻った暁には、私もおまえの気持ちに真正面から向き合うと誓おう」
「や……やった!」
「洗濯板の言う通りですわ、あのジジイはもう引退すべきですの。ジジイに殺されたわたくしの仇を取って下さいませ。皆様なら絶対にやれますわ」
傍観者のミユウがしゃしゃり出て来た。
「そうか、従者殿はヨウイチ氏に殺されて地獄の住人となったのか」
「ええ、ジジイとは因縁深い仲ですの。長い長い付き合いでしてよ。わたくしという美しくも強い最高の戦士を殺したジジイは、武人として立派な最期を遂げなければならなかったのです。そうなればわたくしの死は昇華できたんです。なのに、あのジジイときたら!」
プリプリ怒り出したミユウにマサオミ様が尋ねた。
「ジイさんは兵士を引退した後に、事故で死んだんだよな?」
「そうですわ。桜里に招かれた際の歓迎式典で、つきたての餅を喉に詰まらせて死んだのですわ!!」
ん?
「…………はい?」
「ですから餅ですの! お間抜けにも程が有りますわ! だいたいマサオミ、桜里兵団は何を考えてらっしゃるの!? いい歳のジジイに餅を振る舞うなんて! 小さい子供と老人に餅は危険だというのは世間の常識でしょう?」
「そ、そっか……。うん、帰ったら注意しとくわ。俺が生まれる前の事件だけど」
「だからヨウイチ氏の事故の詳細はぼかされていたのか……」
え? 本当に餅で? 現世では州央の英雄、地獄では最強の管理人である草薙ヨウイチ氏は餅にやられたの!?
マサオミ様が肩を震わせた。
「ぷっ……くくくくっ。みんな、絶対に死ねなくなったな! ここで死んだら俺達は餅以下だぜ?」
「ああ、死んでたまるか。餅以下だと笑われたくないからな!」
ミユウが話してくれたおかげで場の空気が明るくなった。ミユウ、ひょっとして狙ってやった? 戦意喪失しかけていた俺達を鼓舞してくれたのか?
「騎馬兵は馬を失えば戦力が半減する。半獣のヨウイチ氏にも有効な戦法だろう。上半身は無視して、まずは馬の脚部分を狙うんだ」
イサハヤ殿が進言して、マサオミ様は籠手をはめた拳同士をぶつけた。
「了解だ、それで行こう。最終戦では近接武器を持った俺達が中心となる! 積極的にジイさんの脚を狙ってくぞ、気張れよ、おまえら!!」
「「「はい!!」」」
戦士達の声が綺麗に揃った。
「イオリさんとエナミ、あとシキもだな、気前のいい援護射撃を頼むぞ!」
「ああ!」
「はい!」
シキもセイヤから弓矢を借りて射撃隊に加わった。セイヤが現世に戻れば装備も消えるだろうが。
「セイヤ、行けると思ったらおまえの判断で走れ。塔の中で俺達を待つ必要は無い。ランと一緒に確実に現世へ帰れ!」
「はいっ!」
始まる。本当に本当にその時が来た。俺の人生、ここが正念場だ。
マサオミ様とイサハヤ殿は互いの背中を叩き合い、トモハルとアオイは見つめ合い、俺とミズキはもう一度抱き合った。
「死ぬなよ……!」
「おまえこそ!!」
これを最後の抱擁にはしない。
死ぬか、生きるか。勝者となり先へ進むか、敗北して地の底へ沈むか。
俺は……俺達は進むんだ! 全てを出し切ってこの戦いに勝利する。そしてあそこへ辿り着く。
「セイヤ、ラン、頑張って走れよ!」
「ああ! 一足先に現世で待ってるからな!!」
「ランもがんばる! みんなぜったいあとからきてね!」
俺は灰色狼の頭を撫ぜた。彼は俺が言うことを予想していたのか、寂しそうに見上げて来た。
「ヨモギ、地獄で生まれたおまえは現世へ戻る戦いで命を賭けては駄目だ。ここに残れ。そしてこれからはサクラと……、案内人と一緒に暮らすんだ」
『エナミ……』
嫌味ばかりの黒い鳥。流れ者で人を信用できなかった俺とおまえはよく似ている。大丈夫だ、おまえはもう独りじゃない。俺も。
射撃隊仲間の父さんとシキと目配せして頷いた。
生者の塔。まるで亡くなった母さんのような儚い美しさを持つ塔。どうか俺達を迎え入れてくれ。
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