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波音と寄居虫
静かな場所は好きなはずなのに、人がいないといつも嫌なことばかり考えてしまう。木村エナは、建物の窓から漏れる光に手をかざし、花壇に飛び乗った。片足を上げると、地面に映ったサイズの合っていないスウェットの影が揺れた。
塾の中から、こちらの影が見えるだろうか。白いカーテンに向けて振ってみるが、淡々とした講師の声が聞こえるだけだ。
すっかり日は落ち、人気のない道路を街灯が照らしている。
塾のある裏道は駅や繁華街とは逆側に位置しているため、あまり車も人も通らない。建物の中に人がいても、外側にいるだけで一人きりになるのは不思議だ。
「落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ」
花壇の上で片足で立ちながら、エナは両手を広げる。
夏休みが終わり、高校受験のために今まで勉強をしてこなかった子たちもみんな塾に通い始めた。田舎の規模の小さな塾に通う子もいれば、電車に乗って大手塾に通う子もいる。
大変そうな同級生とは反対に、エナは一人ぼんやりする時間が増えていた。
「なにしてんの?」
片足立ちで目を閉じていると、急に声がした。目を開けたエナは、幼馴染の優美と目が合い片手を上げた。
「なにって、待ってたんだよ。一人で帰っても家に誰もいないし」
いつの間にか塾は終わったらしく、建物から次々と同級生が出てきている。
エナは花壇から飛び降りた。
「落ちた。死んだ。優美のせいだ」
「いや、知らんし。生きとるし、あんた」
紺色の制服姿のままの幼馴染に、エナは頭を軽く叩かれる。
優美はすぐにエナから少し距離を取り、リュックからスマホを出した。誰かに連絡をしているようだ。スマホを持っていないエナにとって、この時間はいつも居心地が悪かった。
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