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教室で泣き崩れる同級生の女子たちを見ながら金井麻由は,自分が泣いていないのは不自然ではないかと不安になっていた。
教室でも目立たない麻由にとって野村は小学生の頃からの憧れで,小学生のときには何度か友達に混ざってバレンタインのチョコレートを渡したりもした。
話しかけこそできなかったが,麻由にとって野村は特別な存在で,同じ教室にいると思うだけで胸が苦しくなりその姿を見るたびにときめいた。
中学は違う学校になってしまったが,こうして同じ高校で再び同じクラスになるなんて誰にも言わなかったが運命だと信じていた。
そんな憧れの男子が夏休みに川で事故に遭って命を落とした事実がどうしても受け入れられず,明日になれば花瓶の置かれた席に当たり前のように真っ黒に日焼けした野村が座っているような気がした。
「あんな運動神経がいい野村が川で死ぬなんて……そんなの,あるわけないじゃん……」
俯いて誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。微かに手が震えていたが,不思議なほど悲しいという気持ちにはならなかった。それどころか,どこか満たされているような気がした。
「ねぇ……麻由……あんたも野村のこと……好きだったもんね……」
目を真っ赤に腫らし,鼻水を啜りながらハンカチで顔を隠す高橋莉子が麻由の呟きに反応した。
「え…………?」
驚いて莉子を見ると,ぐちゃぐちゃの顔をハンカチで押さえながら肩を震わせていた。
「私だって信じられないよ……野村が死んじゃうなんて……麻由が言う通り,野村が溺れるなんて信じられないよ……それに井関と一緒だったのに,どうして二人して……」
莉子の腫れ上がったまぶたが地味な顔を別人のように変形させた。そんなひどい顔を横目で見ながら麻由はクラスで自分だけが泣いていないことに違和感を感じていた。
同時になぜか不思議な満足感を得ている自分の気持ちが整理できず,麻由自身はそれを現実逃避だと思っていた。
「うん……あんなに運動神経がいい野村と井関がが揃ってあの浅い川で溺れるなんて信じられないよ……」
二人の生徒が夏休み中に命を落としたことを淡々と伝える校内放送が終わると,啜り泣く音に掻き消されるように誰も聞かない校長の長い話が永遠に流れた。
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