過剰摂取は喧嘩の元

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「それ、何のクスリ? いつも飲んでいるみたいだけど」 すれ違う人の目を引きつける、十二分に整えられた見事な金髪と宝石のような碧眼。 腰には、有り金をはたいて手に入れたバトルソードが下がっている。 質素ながら統一感のある装備には染み一つない。 有り余る体力と時間を使って磨いた見た目は勇者を目指す者としてふさわしい姿だ。 魔族の王を倒し、国を救った勇者として(たた)えられる日を夢見て、ギルドであてがわれた任務に励む青年、エレルランドが傍らの少年に問いかけた。 エレルランドよりも小柄でほっそりとした身体を漆黒のローブで覆っている少年、レンファンは右手いっぱいの毒々しいほどに鮮やかな黄色い錠剤を左手で次々に口へと放り込んでいる。 生まれつきの魔力の高さをうかがわせる真っ黒な瞳と髪が深く被ったフードの奥に覗いている。背中には初心者向けのボーガンが背負われていた。 黄色の錠剤をカリカリと咀嚼して飲み込んだレンファンが面倒くさそうに答える。 「何でもいいでしょ。任務に支障はない」 「ふーん。まあいいけど。魔族の力を取り込んで利用できる代わりに味方と敵の区別がつかなくなるという噂の魔族化薬(ダーカー・ドラッグ)じゃないだろうな? はまったらやめられなくなって、自分のことを魔族だと思い込むようになると聞いた」 「違うよ」 ギルドの紹介で組むことになった剣士と魔法使いは、いつも通りのぎくしゃくした空気を挟んで今日の任務へと向かっている。 森の奥へ進むにつれ、二人を照らす太陽の光が弱まっていった。 木々が発する微かな音と二人の足音だけが聞こえる数分を経て、エレルランドのやたらと大きな声が再びレンファンの鼓膜を振動させる。 「やっとボス戦までたどり着いたな!」 「小さめのドラゴンなんて、ボスとは言っても一番下のランクだけどね」 「ボスはボスだろ!」 「まあ、ギルドの扱いとしてはボスだから、ちゃんとこなせば評価は上がるだろうね」 「なあ! やってやろうぜ!」 ギルドで受け取った地図に示された目的地は小さな洞窟だった。 エレルランドは洞窟の入り口が目に入った瞬間、バトルソードを抜き放って全力で走り出した。 「は? ちょっと待って」 レンファンは焦って追いかけた。 洞窟の中にはゴロゴロと岩が転がっていて、手の平ほどの大きさの岩に左足を取られたレンファンはバランスを崩して転んでしまった。 すぐに立ち上がったが左足を地面につけるとめまいがするほどの痛みが走った。 「くそ。やっぱり高レベルの回復魔法を習得しておくんだった……」 レンファンは自分の魔力の高さを誇りに思っているものの、他の人と比べるとひどく不器用であることを自覚していた。 そのため、練習を繰り返して少しずつ必要な魔法を習得してきたが、任務のたびに「あの魔法が使えれば」と無力さを感じ、自分自身に怒りを覚えていた。 悪態をついて自分への怒りを吐き出したレンファンは、一時的に痛みを感じなくなる魔法を唱え、ローブのポケットからハンカチを取り出して左足首を手早く固定した。 そして、もはや影も形も見えないエレルランドを追って再び進み出した。 魔法の効果が切れてきて、うずき出した左足を恨みながら洞窟の最奥にたどりついたレンファンが目にしたのは、頭や腕にドラゴンの爪による傷を受けながらも、剣を振り回しているエレルランドだった。 レンファンは一目で状況を把握して、ドラゴンの爪が届かないように距離を保ったまま、エレルランドの能力を一時的に上げる魔法を唱え、続けてドラゴンの動きを鈍らせる魔法を唱えた。 「おい、レンファン! 遅いぞ! 何をやっているんだ。早く攻撃しろ!」 レンファンに気づいたエレルランドが怒鳴った。 「ちょっと待って。物事には順序ってものが」 「ぐああ」 レンファンが言い返した瞬間、ドラゴンの爪がエレルランドの肩を貫いた。 エレルランドは、意識を失ってぐったりと巨大な爪に吊り上げられた。 それを見たレンファンの身体には爆発的に魔力が充満した。 頭の中が静まり返り、レンズを覗いたように視界が鮮やかになった。 レンファンがつぶやいた火の魔法は基本的な攻撃魔法だったが、強い魔力を源にして放たれた魔法は巨大な火炎となってドラゴンの頭に直撃した。 ドラゴンがひるんだ隙にエレルランドを爪から下ろしたレンファンは、エレルランドの身体を引きずるようにしてドラゴンから離れた。 鱗が少し焦げたドラゴンがギロリとレンファン達を睨む。 今にも襲い掛かってきそうなドラゴンに向かって、残った魔力をかき集めて、再び火の魔法を放ったレンファンはエレルランドを連れて、這う這うの体(ほうほうのてい)で洞窟から逃げ出した。 「はあ、はあ」 「ああ、あちこち痛い! せっかくボスを倒すチャンスだったのに! レンファン、どうしてくれるんだ」 意識を取り戻したエレルランドがやかましく文句を言い始めた。 魔力が切れて言い返す元気もないレンファンは荒い息を吐いている。 イライラしたレンファンは、途切れることなく文句を言いながら自分の傷の手当てをしているエレルランドを置いて、ずんずんとギルドに向かって歩いていった。 1時間後、ギルドで任務の失敗を報告したエレルランドとレンファンは、ギルドの職員の前で盛大に喧嘩をしていた。 「おまえがちゃんと付いてこなかったから!」 「僕のせい? あんたが一人で突っ込んで行ったからじゃないの?」 「魔法使いは剣士を支えるものだろ! 俺は勇者になる男だぞ! だいたい、おまえはいつも遅いんだよ!」 「はあ? 魔法使いと剣士に上も下もない! あんたこそ、いつも自分勝手な行動ばっかりじゃないか!」 「ああ?」 「事実だろ?」 「うるせえ! もう解散だ!」 「そうしよう。これで解散だ!」 困った顔をしたギルドの職員の前でパーティーの解散を宣言したエレルランドとレンファンは、ギルドを出て別々の方向へと歩き出した。どちらも振り返ることはなかった。
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