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Ⅲ #panacea
「さて、ここからは君に頼みたいことを伝えます。
私は大学時代、自殺を食い止める方法を考えていました。詳しい事情は巡ルから聞いているよね。その前提で話します。
私が行っていた研究は『人が感じた痛みや苦しみの感覚を記録し、その情報を他者の脳にインストールする方法』。つまり、人の痛みを感じることができる薬の開発。
私はそれを『#パナセア』と名付けたの。『パナセア』は『万能薬』。あらゆる苦しみを癒す薬という意味。
何故、こんな名前を付けたのかって?
それはこの薬が完成すれば、人が苦しむ要因を無くせるって思ったから。
患者の症状を記録すれば、医者は問診がなくても病気を素早く特定できる。
怪我人の怪我を記録すれば、どの部分を処置すればいいのか素早く分かる。
ありとあらゆる症状の痛みや苦しみを記録できるのだから、効果的な治療法の発見に役立つはず。
表向きはそういう目的で、大学で研究を行ったの。
でもね。
たとえば、交通事故に遭った人の痛みの記憶を全国民に植え付ければ、誰もが危険運転なんてしなくなる。あおり運転なんて誰もしないし、高齢者も全員免許を返納するかもね。これで交通事故で死ぬ人はいなくなる。
次にいじめや体罰、ハラスメントで苦しんだ人の痛みの記憶を全国民に投与する。皆がその痛みを味わうのだから、誰も誰かに対して同じ痛みを与えようとは思わなくなる。
誹謗中傷も同じね。それを受けた人の心の痛み、うつ病の症状を全国民に投与すれば、誰も誰かに酷い言葉を投げつけなくなる。
そして、自殺。
首吊り、溺死、練炭……。
そして、『死』の感覚。
この苦しみと恐怖を国民全員に投与すれば、誰も自ら命を絶とうなんて思わなくなるの。
もう分かったよね。私が死んだ理由。
人が死ぬ要因の中で、私が一番根絶したいのは自殺。
だから、私は自分が死ぬことで自殺の苦しみと死の記録を作ったの。
自殺の記憶のデータは、私が死んだ直後に巡ルのスマホに送信するように設定しました。つまり、今、君の手の中に私の死の記録があります。
君は製薬会社の開発部門だってマッチングアプリに書いてたよね。だから、私は君に近付いたんだ。
君のことは付き合っていくうちに大好きになったから、さっきの告白は嘘じゃないけどね。
でも、それはそれとしてお願いです。
このスマホの中に視界に捉えただけで効果を発揮する電子ドラッグの作成方法を残しました。サブリミナルって分かるかな。あんな感じで潜在意識にアクセスして、脳に痛みをインストールするの。
そして、動画配信者として配信する予定だった動画も残してあります。
私のチャンネル登録者数は200万人超えてるし、引退報告の動画だから多くの人の目に触れるはず。
だから、記スくんには電子ドラッグを作って、その動画と合わせて編集してアップしてほしい。
そうすれば、きっと……。
人が苦しんで死ななくなる世の中になる筈だから。
苦しんで死ぬ人間は私で最後にしたいから。
じゃあ、先にあの世で待ってるね。
記スくんもこっちに来たら、その時は今度こそ結婚して……。
一緒に幸せに暮らしたいね。
その時は、
苦しみのない世界がどんなだったか聞かせてね。
バイバイ」
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