第33話 私の終焉

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第33話 私の終焉

目が覚めると、無機質な天井が見えた。 そこに一本のロープがぶら下がっている その輪っかはいつの間にか切れていた。 重たくて切れたのかと一瞬考えたが、そんなはずはない。 あんな丈夫なロープがそう簡単に切れるわけない。 なら、誰がか切ったのだろうと思った。 それが誰かだなんて、隣で泣いている男を見ればわかる。 私はゆっくり彼の方へ顔を向けた。 彼は床に手をついて、ただひたすら泣いていた。 その姿と昔の彼の姿が重なった。 本当の彼はそんなに強い人間じゃない。 それでも踏んだってここまで走って来たのだ。 自分の顔を変え、自分の体形を変え、自分の性格までも変えて。 それがどれぐらいの努力が必要なのかは私にはわからない。 けどきっと、それは私の想像を絶する辛さっだたのだろう。 「どうして助けてくれたの?」 私は彼に聞いた。 これだけは聞いておかないといけないと思ったから。 彼は泣きながら答えた。 「目の前で誰かが死んでいくのが怖かった。沙月が死んだ時を思い出して、このままほっといたらまた後悔するって思った」 殺したいほど憎いんでいた相手だ。 死んだって痛くも痒くもないはずなのに、彼はそれが出来なかった。 やはり、私の知る黒崎君は今も昔も優しかった。 「ずっと考えてた。もし、沙月が自ら死んだのだとしたら、なんで死んだんだろうって。いじめた人間への復讐。いじめに耐えかねた自殺。友人のための死。どれも違う気がした。沙月は自分より先に君が死んでしまったら生きていけないと思ったんだと思う。沙月は強そうに見えて本当はものすごく繊細なんだ。きっと君がいじめを苦に死んでしまったら、その罪悪感で沙月は生きていけなかった。自分が居なければ、自分があいつらを怒らさなければと自分を自分で責めたと思う。でも、自分が死んだらいじめはなくなる。椎名は強いから、どんなに落ち込んでも潰されそうになってもいつかは這い上がってくるって信じてたんだと思う。今の俺だからわかる。君は沙月よりずっと強い」 違う。 強くなんてない。 神経が図太いだけ。 死ぬ勇気すらなかっただけ。 人間として無神経だから生きて来れたんだと思った。 でもそれが私の生命力だと言われればそうなのかもしれない。 私が嫌な奴じゃなかったら、こんなに生きられなかった。 沙月はきっとそんな私を全てを理解していたのだとわかった。 私も泣いた。 あの日、美術準備室で沙月と一緒に泣いた時のように、腕を目の上にのせて声を抑えて泣いた。 そして、片方の手の甲を黒崎君の手に当てる。 沙月と同じ手の温もりを感じた。 「本当に終わりにしたかったのは、沙月自身だったのかもしれない。その許しを君に頼んだんだ」 彼は淋しそうにそう答えた。 きっと彼は私を一生許さない。 けど、それでいいと思った。 私はこの罪を誰にも譲る気はないし、痛みを忘れる気もない。 忘れてしまったら、沙月との大切な想いでも忘れてしまいそうだったからだ。 いつの間にか黒崎君はいなくなっていた。 家に帰ったら、首の痣の事を心配されて無理矢理病院に連れていかされた。 腕や脚にも無数の傷があり、事件性があると周りは判断したが、自分がしたものだと答えた。 自殺しようとして失敗したのだと。 それを両親が怒らないはずはなかった。 やっと助かった命を無駄にするなと怒られた。 親からすれば当然だと思う。 私はもうしないと誓って、病院で手当てを受けて帰った。 翌日に黒崎君に電話をしたが、繋がらなかった。 数日経つと電話番号も変更されていて、家からも引っ越されていた。 会社も翌日には退職したと言う。 黒崎君は完全に私の前から姿を消してしまった。 私もいつもの生活に戻っていた。 カウンセリングも続けていたが、先生からはそろそろ卒業してもいいと言われた。 そして気が付けば、黒崎君や二階堂課長と出会った春の季節になっていた。 私は久しぶりにあの桜道を歩いてみる。 フラッシュバックしそうで怖くて歩けなかった場所だ。 でも、今は大丈夫。 二階堂課長とのことも私の中でだいぶ整理がつきそうだった。 そんな簡単に苦しみから逃れられるとは思っていない。 きっとこの重圧はずっと死ぬまで抱えるものだ。 しかし、それでいい。 そうじゃなければ、私は何回だって過ちをおかしてしまう。 私はそっとあの時に見たベンチに目をやった。 その場所にはもう誰も座ってはいなかった。 あの時に感じた感覚。 今でも覚えている。 確かに彼を見た時、それが運命だと思ったのにな。 人生とはいつも上手くいかないものだと思った。 その時、後ろから誰かの叫ぶ声が聞こえた。 振り向いてみるとそこには森山さんが立っていた。 「森山さん?」 私は彼女の名前を呼ぶ。 よく見てみるとその手には包丁を持っていた。 なんで彼女がこんな場所でそんなものを持っているのか理解できなかった。 「椎名、あんたが全部悪いのよ!」 いきなり訳の分からないことを言われる。 彼女と関わらなくなってから、もう何年も経つ。 それに私が知った時には、森山さんは黒崎君を諦めて、江島君と付き合っていたはずだ。 「どういうこと?」 私は彼女に聞いてみる。 彼女の目は完全に血走っていてまともな状態ではなかった。 「あんたが私と黒崎君との間を邪魔しなかったら、私が彼と付き合ってた。そしたら私は江島となんて付き合わなかった。全部あんたが仕組んだんでしょ?」 意味が分からない。 私と黒崎君が付き合ったのは森山さんと江島君が付き合った後の話だ。 それに私は一度だって森山さんの恋路を邪魔した覚えはない。 「落ち着いて、森山さん。私は何もしてないよ。それに黒崎君とももう付き合ってないから」 「関係ない!!」 彼女はそう叫んで、私の方へ駆け出してきた。 彼女は私を本気で殺そうとしている。 私は何度、他人に殺意を向けられたら気が済むんだろう。 私はひとまず逃げようとしたが遅かった。 彼女の刃は私の腹部を突き刺していた。 そして、その刃物が刺さった状態で私は倒れる。 「ざまあみろ!」 彼女はそう叫んだ後、笑って駆けていった。 私は腹部から大量に血を流しながら、地面に倒れていた。 目の前には満開の桜が見える。 春風に桜が揺れて花弁が舞うと、それが太陽にあたってキラキラと輝いた。 「きれい」 私はそう言って目の前の桜並木に手を伸ばす。 私の手は真っ赤な血で染まっていた。 そのまま意識が薄れて、少しずつ自分の鼓動の音が衰退し消えていくのを感じた。
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