御曹司との契約

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エレベーターが厨房の裏手に止まった。 「失礼します」 厨房に入って行く。ちょうどお昼時だから、みんな忙しく働いていた。 懐かしい気持ちになる。厨房の料理のいい匂いに目を閉じて香りを堪能する。 「川島さん、こっち、こっち」 名前を呼ばれて、慌てて目を開ける。西島さんが手招きをしていた。 「初日から悪いね。加藤が何処かにいなくなっちゃって、 今、全員てんやわんや。加藤、社長のオフィスにいないよね?」 かなり忙しいのか西島さんが早口で一気に喋った。 「あ、あの社長室にはいらっしゃいませんでした」 何処にいるかは知っているけれど、社長室にはいません。 「そうか、困ったな。もし見かけたら、早く戻るように言ってくれると助かる」 加藤さんの姿は見かけてはいない。セーフ。 「は、はいわかりました」 早く戻るように、なんて声をかけるのは私には無理ですから。 「宜しく。じゃあこれお願いします。 いつもより美味しく作ったから」 西島さんが悪戯っ子の様な笑顔を浮かべた。 ワゴンの上には4人分の料理が乗っていた。 本当に美味しそうだ。贅沢な賄い。 「ありがとうございます。」 頭を下げた。 「そうだ、忙しい時さ、こっちもちょっと手伝ってくれると嬉しい。 蓮には俺から話しとくからさ」 ほんとは此処で働かせてもらう筈だったのに。 どうして歯車は狂ったんだろう。 「あ、でも私でいいんでしょうか。」 そう言った私に、西島さんがウインクをした。 オフィスのあるフロアに戻って来た。 恐る恐る、エレベーターを降りる。会いたくないぞ、絶対に。 急いで、加藤さんの部屋の前を通り過ぎて、オフィスのドアを開ける。 ドアを押えながら、後ろ向きにワゴンを引っ張った。 ドアが半分位閉まった所で廊下の方からドアの開く音がした。 「バカにしないでよ」 杏樹さんの声が聞こえる。加藤さんの部屋のドアが勢いよく閉まった。 私はワゴンを引いて急いでオフィスに戻った。
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