第17章 員数外の子ども

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「単に技術部とやらの報告が遅れてただけで。今このときにも純架ちゃんの件、国の担当者宛てに連絡が入ってるかもしれないっすよ?集落の中じゃあれ以来ずっと大騒ぎでしょうし。出来たら技術部としてもことを表沙汰にしたくなくて引き伸ばしてたけど結局ごまかしきれないと観念して、そろそろホットラインで脱走者が出たこと打ち明けてる頃合いなんじゃ?」 なるほど、あり得る。 思わず納得してるわたしと違い、高橋くんはまるで動じる風もなくカトラリーを扱いながら悠然と神崎さんのその説を受け流した。 「うん、疑いたくなる気持ちはわかるけど。それもないってはっきり言えるから、純架は安心していいよ。これからも政府の役人に君の件が伝わることはない。そのことに怯えて暮らす必要はないよ」 「何で?そこまで自信もって断言できるの?」 技術部に盗聴器でも仕掛けてきたのか。と首を傾げるわたしに彼はあっさりと白状した。 「だって、俺はちゃんと事前に話し合って来たから。純架をあそこから連れ出すことについて」 「えっ」 冗談抜きで。…こっち来てからこれが一番の驚愕、だったかも…。 「技術部にそう言って出てきたの?自分が帰るときに、一緒にわたしを外に連れて行くって?」 いつの間に、と口にしかけたところでふと脳裏に蘇った記憶。 集落で彼専属のガイドとして働いてたとき、技術部長との会合に何故か強引に立ち会わされかけたことがあったっけ。あのとき明らかに部長の方は事前にわたしがその場にいることを知らされていなくて、断固として部屋から出ていくよう言い渡された。 高橋くんみたいな普段間違いなく手際のいい人が、前もって断りを入れ忘れるなんてことあるのか?ってあのときすごく違和感を覚えた。 あんなに細かいところまで常に気の回る性格なのに、ちょっと気難しそうなやりにくい交渉相手に対して最低限の根回しすら忘れるなんて。さすがに不自然だったよな、って今思い出しても。改めて感じる…。 「あのとき。…そういえば、わざとわたしをあの人に引き合わせたんでしょ。どういう必要があってのことかはわからないけど」 自然とつい口からぽろっと出た質問。まるで何のことか見当もつかない(当然だけど)神崎さんが話の輪に入りたそうに何なに?と身を乗り出してるけど、それに応えてわたしが自分の台詞の意味を解説するより早く高橋くんがにっこりして深く頷いた。 「うん。事前に技術部長の遠藤さんにはこの子です、って見せておきたかったからね。集落の中の住民同士は漏れなくみんな顔見知りとは言われてたけど。話聞いてたら純架は技術部の人たちはあんまり住民と交流しない、部長は雲の上の人で顔も印象も曖昧みたいな言い方だったから」 つまり、あの面談をセッティングしたときにはもう既にわたしを外に連れ出す計画があったわけだ。この人の頭の中では。 「あの時点ではまだ君に外がどうなってるかを説明してはいなかったし。技術部以外の住人の前でぶっちゃけた話をしたりして集落のからくりを悟られたら機密を保持できない、って理由で部長が純架が会合に参加するのを拒むのはまあ大体わかってたけどね。けど、あのあとの話し合いで一人外に連れて行こうと思ってる人物がいます、さっきのあの子です。っていう方向に話を持っていきたかったから」 なるほど。 やっぱり、顔見せだったのか。それなら立ち会いは拒否されても、あのときわたしの姿を部長の視界に入れただけでもう目的は達成されてたんだな。 「純架だけじゃなく、いろんな人から聞いた話では。部長は集落の若い子一人ひとりを名前だけでああ、ってすぐに頭に思い浮かべられるようなタイプだとは思えなかったからさ。滅多に人前に出なくて集落の中での面識狭そうだって話だったし」 「それはまあ、そうでしょ。わたしだってあのときこっそり後であの人技術部長だよ、って山本さんに教えてもらえなきゃ。何となく見たことはあるからここの住民だろうけど、正直いや誰だったっけ?この人。ってずっと首捻ったままだったろうし」 相槌を打ちながら、そういえばあのときもお世話になったな役場の山本さん。とつられて思い出して急に懐かしい気持ちになった。 ほんの数日前のことなのに、何だかひどく遠い記憶みたいだ。あそこにいたときは当たり前過ぎて、特にありがたくもなかった慣れ親しんできた周りの人達の存在が、やっぱりやけに恋しく感じる。 …と、しみじみしてるわたしの胸のうちなんか関係なく、高橋くんがあっさりと首を横に振って口にした次の台詞に現実の流れの中に引き戻されて、思わずぎょっとなってしまった。 「うん、でも先方は純架のことはずっと前々からちゃんと認識してる様子だったよ。木原家の長女の…って説明しかけたら。気象観測を担当してる木原純架ですよね。もちろんそれは承知してます、って途中できっぱり遮られちゃった」 「…へぇ?」 わたしは口に運んだフォークの先に刺した肉片をぱくりと咥えたところで、そのまま絶句して手を止めた。
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